政宗の従者幸村 3

(……お借り致しまする)
 本来、自分のような者が手にして良い物ではないだろうが。緊急事態だからと言い聞かせ。飾られていた刀のひとつへ手を伸ばす。
 普段は槍を愛用しているが、刀も使えないわけではない。
 主を振り返り、彼がまだ瞳を閉じているのを確認して。
 幸村は部屋からそっと抜け出し、不穏な気配の元へと向かった。
 主の、政宗の眠りの邪魔はしたくない。
 だから相手が部屋にたどり着く前に、止めてみせる、と。
(ふたり、いや三人、か)
 倒せない人数ではない。まずは一番近くに居る相手から。
「はぁっ!」
 小さく気合いを入れて、幸村は庭の片隅に隠れている忍びと思わしき気配に向かって斬り掛かる。他の二人も飛び出して来て。
 暫く忍びたちと攻防を交わしていた幸村だが。
(おかしい……本気、ではない?)
 殺気を隠すのは忍びなら得意ではあるだろうが、それにしても間近で斬りあっているというのに彼らから微塵もそれが感じられず。どうも敵意も無いようにすら思える。ただ義務的に攻撃しているような。
 しかしこの城の奥に入り込んでいて不審な動きをしている相手なのだから、と。
 幸村は刀を握っている手に力を込めた。

「はぁはぁ」
 相手の様子が気になり、本気で斬る事は出来ず。何とか三人の忍びを殺さずして戦闘不能にする事に成功した幸村だが。
 先程まで政宗に求められていた体は体力の限界を迎え、その場に崩れ落ちようとする。
 そこに。
「確かに良い腕、だな」
「と、殿!?」
 眠っていたはずの政宗が現れ、幸村の体を抱え上げた。
「どうだ?小十郎。これならオレの本当の側近にしても良さそうじゃねえか」
「!?」
「……そうですな、政宗様への忠義も本物のようですし……真田、試すような真似して悪かったな。だが半端な者を政宗様のお近くに置く訳にはいかなくてな」
 オメエの戦場での働きは知ってるが、それ以外の場ではどうかと思ってな。
「!!」
「これからオメエは政宗様の小姓の一人、ではなく、政宗様のより近くにお仕えする事になる。俺の代わりを務めてもらう事もあるかもしれねえ。これは政宗様の意志だ。……異論はねえな?」
「片倉様の代わり!?……この身にそのような大任が務まるとは思いませぬが……殿がそのようにお望みであるのならば精一杯努力する所存……」
 急展開に驚きながらも、主の、政宗の意志ならば逆らえるはずもなく。
 幸村は小十郎から視線を離し、自分を抱き抱えている政宗に瞳を向ける。
「そういう事だ」
 政宗は小十郎の言葉を肯定し。
 寝直すぞ、限界だろ?オレは今日じゃなくてもと言ったんだがな、とぼやきながら、幸村を抱えたまま寝所へと歩き出した。
 どうやら今回の事は小十郎の意思により行われたようだ。
(今夜だけでなく……これから今までよりお近くに……)
 政宗と小十郎から伝えられた事を反芻し。
 幸村の鼓動はとくんと跳ねた。

「余り入れ込みすぎませぬよう」
「分かってる、あれはオレを楽しませる為の面白い玩具だ……何かあったらいつでも切り捨てられるさ」
「それならば宜しいのですが」
 朝、幸村が寝所から去った後、政宗は訪れた小十郎に言葉に頷く。
 幸村を寝所に呼ぶ準備を頼んだ際、ついでのように幸村をこれから自分のそばに、と伝えた時、小十郎は余りよい顔をしなかったが。主の性格を知っている彼は、「どうしてもと仰るのなら・・・ひとつ条件が」と渋々と告げて来た。条件というのは先ほどの幸村の腕の確認。
 心配しなくとも元より信用している人間は多くなく、昨日初めて出会ったばかりの幸村がその枠に入る筈もない。
「……しかし城に仕えてるってのに生まれがはっきりしねえのか、あれは」
「一応、母親と名乗っている人物の素性は分かっておりますが」
 幸村の母は、小十郎も知っている人物で、畑の世話もたまに任せているらしいが。
「……年齢が合わねえだろ」
「はい、あの女は見た目より年齢は上のようですが、それでも真田の母としては若すぎます。それに」
「農民出身には見えねえな、確かに」
「はい」
 未だ心配げな小十郎に、充分気をつけるから大丈夫だと軽く手を振り。
 政宗は政務に向かう為に着替え始めた。

「手合わせ、でございまするか?」
「YES、アンタと戦ってみてえ」
 小十郎が働きを認めるほどの奴はなかなか居ねえしな、との政宗の言葉に、幸村の表情はなぜか曇る。
「どうした?」
「……その、某の力は殿の為に使いたいと……手合せとはいえ殿に獲物を向けるのは……」
「AH?まるでオレが負けるみてえな言いぐさだな?」
「!いえ、決してそうではなく……っ」
「冗談だ。どうしても嫌か?」
「出来れば避けたく……」
「……OK、今日はまあ良い。明日遠乗り付き合え」
「そちらであれば喜んで!」
 曇っていた表情を笑顔に変えた幸村の姿を、隻眼に映し。政宗も笑みを浮かべた。
 その場に小十郎が居たら、何か良からぬ事を考えておいでですな、と指摘されそうな笑みを。

「立派な馬でございまするな」
「それ、アンタのだ」
 翌朝、厩に姿を現した幸村に向かって告げる。厩の前には、政宗の愛馬の他にもう一頭、栗毛色の馬が控えていた。
「!?」
「この前の戦の褒美、だ。まだ渡してなかったからな。自分の馬、持ってねえんだろ?」
 農民には見えないが一応農村出身となっていて、しかも欲も余りないらしい幸村は、必要最低限のものしか持っていないと小十郎から聞いていて。ならば褒美に馬をどうか、と政宗は考えたのだった。
「し、しかし、この身は殿の御傍仕えだけで充分にっ」
 中々素直に頷かない幸村に焦れて。
「おら!」
「!」
 政宗は幸村の腰を掴み、馬の鞍の上に投げる。
「オレの程じゃねえがちいとばかし気性の荒い馬と聞いてたが、気に入られたみてえじゃねえか。主になってやれよ」
 乱暴な乗り方だったにも拘らず、馬は幸村の体重をしっかり受け止め、次の命令を待っているようだった。
「……有難うございまする、殿」
「最初からそう言ってときゃ良かったんだよ。ほら行くぞ」
 政宗も愛馬に跨り、駆け出す。
(こっちもなかなかやるじゃねえか)
 幸村が操る馬は、手加減なく駆けている政宗の愛馬のすぐ後ろにつけていた。

(何にでも優れた御方なのだな……)
 政宗のすぐ後ろを賜ったばかりの馬で走りながら、主君の馬術の腕に感嘆する。途中、政宗は手綱を全く持たないで馬を操る場面もあった。勿論馬術だけでなく多方面に優れていると称される彼。その片鱗は、幸村も近くに仕えるようになって感じている。
(この様な御方が何故……)
 自分を傍に置いてくれているのか、幸村は不思議だった。
 相手に不自由するはずもないのに、夜伽の相手として彼が床に呼ぶのも幸村だけの様子だ。
 当然それが嫌な訳ではなく。
 政宗の、主君の傍に在れるのは、求められるのはとても嬉しいのだけれど。
「っと、あの民家の辺りで休憩だ」
 政宗の馬が速度を緩め、小さな、しかし豊かな緑に囲まれた農村。その中に建つ民家の前で止まり、幸村もそれに習う。
(あ……)
 馬を下りた政宗が周囲、主に田畑を見回し。順調に作物が育っている様子を隻眼に映し微笑を浮かべたのを見て。
 幸村は昔、政宗と初めて出会った日の事を思い出していた。
 もっとも、幸村が一方的に見つめていただけで、政宗の方はこちらを認識すらしていなかっただろうが。その記憶は幸村にとってとても大切な物、で。
 幸村が伊達家に仕える決意を固めたのもその日の出来事が切っ掛け、だった。

-Powered by HTML DWARF-