はつこい -その後の話-
「政宗殿、年末店の方は?」
「28日、明日から休みだ。アンタはずっと中で接客してたから気付いてねえだろうが、一応今張り紙も出してる。それに年末に開けてても客来ねえだろ」
「確かに。クリスマスがピークでしたなあ」
「ま、当たり前、だな」
高校卒業後、約束通り迎えに来てくれた政宗と、共に暮らすようになった幸村。
今まで住んでいた街とはかなり離れているこの場所で。
政宗は飲食スペースのある小さなパティスリーを始め、幸村もその店を手伝っている。店舗を借りる手配などは小十郎がしてくれたらしい。費用は、政宗が家の、財閥の仕事を手伝った時に稼いだものから出したと聞いている。
最初、店が軌道に乗るのか懸念していた幸村だが。若い男、しかも美形が作ったスイーツをその場で食べられる店は女性たちの間でじわじわと口コミで評判となっていったようで。最初は苦しかった生活も、ここ最近余裕が出て来て。店の方も人気店と言って良いほどにまで成長していた。政宗曰く、店の人気は幸村による所も大きい、との事だったが、幸村自身にその意味は良く分からなかった。
雑誌等の取材は、政宗が嫌がり、全て断っているのだが。多くの人が訪れるようになった店で、二人とも忙しい日々を送っていた。
「さて、と今日はもう店じまいだ。明日からゆっくりしようぜ」
片づけを終え、店の奥へと歩く政宗を幸村も追う。その場所は二人のプライベートルームだ。
店舗に付属している生活空間は決して広くはなく、お坊ちゃん育ちの政宗には不自由なのでは、と初めてここに足を踏み入れた際、心配しながら告げた幸村だが。
「狭いってのはアンタとくっつける理由が出来て良い」と抱き寄せられて赤面する事となった。
ベッドはひとつしか部屋に入らなかったから、共に寝ている。
2年ほど離れていたのだから、幸村にとっても政宗の体温を傍で感じられる日々は嬉しかった。
「これ」
「?」
貰い物のテレビが映し出す年末の特番を、これまた一つしかないソファに二人で座り、身を寄せ合って見ていると。政宗が思い立ったように立ち上がり、冷蔵庫から何かを取り出し。
幸村の前に差し出して来た。
「!」
政宗が持って来たのは白い皿とデザートフォークで。
皿に乗っていたのは、以前高校に通っていた際、政宗と共に入った喫茶店で口にしたのと良く似たミルフィーユだった。
(たしかあの時に。いつか政宗殿の作ったケーキを食べさせて下され、と伝えたような)
幸村の為に菓子の練習をしているが、まだ食べさせるような腕じゃないからその内な、と返って来た記憶がある。
「そういえば、店にミルフィーユはまだありませんでしたな」
あの時の約束は、店の試作品や飾りつけに失敗したものを食べさせてもらう事で、既に叶ったものと思っていた幸村だが。
「……アンタの為に作った、初めてのcakeだ。ミルフィーユはアンタに食べさせてから、店に置こうと思ってた」
「今までも試作品はいただいておりましたが?」
「ありゃ、アンタの為のもんじゃねえ。アンタの事だから今までの店の食べて約束は終わったって思ってたかもしれねえが、オレにとっては終わってねえ。今までのは生活の為に作った菓子で、アンタの為じゃなかった。伊達の家に居た時は、アンタを想いながら作った事も何度かあったが、ここに来てからは生活に必至でそんな余裕なかったからな。アンタに食べて欲しいって思いながら作ったもんじゃなかった」
やっと、アンタの為に作る余裕が出来たから、と笑む政宗に。
「嬉しゅうござるっ」
と伝えて。
あの時彼から習ったように、横に倒して切り分けて。幸村は政宗お手製のミルフィーユを口に運ぶ。
政宗が自分の為に作ったというそれは。
今まで口にしてきた彼が作ったケーキのどれよりも美味しいと幸村は感じた。
「これからも、たまに、で構いませぬ。店の為ではなく、某の為にケーキを作っていただいても?」
「お安い御用だ」
その代わり、アンタはずっとオレの側に居ろよ?もうすぐ訪れる来年も、その先もずっと、と囁く政宗に。
それは某の望みでもありまするから、と答え。
幸村は近付いて来る政宗の唇、それが自らの唇に重なるのを目を閉じて待った。
これから、政宗の実家絡みでまた大変な事はあるだろうが。
二人で供に居ればきっと乗り切れる、そんな想いを抱えて。