はつこい 前編
「真田、先輩迎え来てるぜ」
「あ、ああ。分かったでござる」
級友に廊下に面した教室の窓を親指で示されて。そこにある人物を認めた幸村は、荷物を急いでまとめた後。
「じゃあ、また明日」
教室に残っている友人達にそう告げて。廊下で待っている人物の元へ急いだ。
「政宗殿」
廊下で待っていた人物に声を掛けると。彼は小さくだが笑い掛けて来て。周囲の、彼を少し遠めに窺っていた女子からざわめきが起こった。だが政宗はそれを全く気にする事無く近付いて来る。
「幸村、帰るぞ」
「は、はい」
そして幸村の手を自分の手で握り込み、歩き出した。
(うう)
周囲の女子の視線が突き刺さり、幸村は俯き加減に政宗について行く。
幸村の隣に居る人物、伊達政宗。
彼は幸村より一学年先輩で。幸村がこの学校に途中編入した日に、図書館で知り合った。その直後、学生寮を当てにしていた幸村が寮母に空きが無い事を告げられ(編入試験時に寮に入りたい旨は打診していて、学校側からも承諾の返事は来ていたのだが、どうやら事務の方で行き違いがあったらしい)途方に暮れていた所。通りかかった政宗が、自分は少し広めの部屋を使ってるから、そこに来るか?と言ってくれて。それから政宗と幸村は、学年は違うがルームメイトになった。
(ただのルームメイトなら、こんな気まずい思いはせぬのだが……)
暫くは普通に友人付き合いをしていた二人だったが。
何を切っ掛けにか幸村には分からないが。
ある時政宗は、幸村に好きだと告白して来て。
最初友としての好きだと思った幸村。政宗を先輩として尊敬していたし、友として好ましく思っていたら。
「某も政宗殿の事は大好きでござるよ」
そう答えたのだが。
「……そうじゃねえよ」
という呟きと共に、頬にキスを落として来て。
「友達とかそういう好きじゃねえ。俺はアンタが欲しい。そういう意味での、恋愛での好き、だ。」
真剣な眼差しでそう告げてきた政宗を。
幸村は呆然と見つめ返すしか出来なかった。
幸村には恋愛感情の好きというものが、まだ良く分からない。クラスメイトの恋バナも、いつもどこか遠い出来事のように感じながら聞いていた。
それを政宗に正直に伝えると。
「アンタが恋を分かるようになるまで待つ」
と返って来て。
それは政宗の本気を思わせた。
そしてその日から。政宗は幸村への好意をあからさまに示すようになり。
幸村は、モテる政宗ファンの女子から、嫉妬の視線を受けるようになってしまったのだった。政宗から、何かあったらすぐに俺に知らせろ、と言われていたが。どうも彼が予め牽制済みの様で、今の所彼女たちから嫌がらせなどは受けていない。
ただ、視線が刺さるだけだ。
そして、この気まずい状況をあえて受け入れているのは。
幸村自身が、政宗から離れたくないから、だ。
恋愛というものは良く分からない。けれど。
幸村に取って友人達の中で一番好きなのは、一番優先したいと思うのは。政宗だった。
「今日は部活無かったな?」
「休みでござる」
学校を抜け、寮近くになって幸村は俯き加減だった顔を漸く上げた。
「なら一回寮に帰った後出掛けるか?スポーツショップとかこの前行き損ねた喫茶店とか」
「行きたいでござる!」
「決まりだな」
隣の政宗の横顔を見ながら、何でこのように相手に不自由してないような方が自分などを恋愛の対象に選んだのか疑問に思うが。彼のファンの女の子たちの視線を考えなければ、彼と一緒に居るのは心地良くて。
待つ、という政宗の気持ちに甘えているという自覚はあるが。
今暫くは友達のまま、幸村は彼との関係を続けていきたいと思っていた。
「ケーキセット二つ。ドリンクはどっちもコーヒーで。ケーキはチョコレートケーキとミルフィーユ」
「!」
スポーツショップを巡った後。依然通りかかった際に幸村が気にしていた喫茶店に二人で入る。暫くメニューを見て悩んでいた幸村だが、注文を決め内容を政宗に伝えると。すぐに政宗がウェイトレスを呼び注文を告げ。その内容に、幸村の肩が小さく撥ねた。
(まただ。……政宗殿は甘い物を好まれぬのに……)
幸村が頼んだのはチョコレートケーキで。政宗の頼んだミルフィーユは恐らく、ひとくちふたくち口に入れられただけで、幸村に回ってくる。甘いものが好きな幸村は、最初の内こそこの状況を喜んで受け入れていたが。何度か続くうちに、政宗の頼むものは必ず、幸村がどちらにしようかと悩んでいたものだと気付き。明らかに自分の為の注文に、申し訳なくなる。その上会計もいつも、政宗が『俺が誘ったんだから』と言って伝票を持って行ってしまうのだ。今日もそれは変わらないだろう。
(これでは俺が政宗殿の気持ちに胡坐をかいているようだな……)
そう思い俯いていると。
「何かくだらない事考えてんな。アンタは苦学生だろ。もうちょっと図々しくなっていい。それに俺はアンタと一緒に居れるだけで楽しいし、アンタが甘いもの食べて幸せそうな顔してんの見るのが好きだからな」
幸村の心を悟ったらしい政宗が、くしゃと頭を撫でながらそう告げてくれた。
政宗の言うとおり、幸村は両親をなくした苦学生、だ。政宗の居る今の学校に編入してきたのも、スポーツ特待生として授業料免除、その他の生活環境も部活で一定の成果を出せば援助するという条件に惹かれたからで。
あまり個人で自由に出来る金のない幸村に取って、政宗の誘いが有難いのは確かだった。
「来たみたいだぜ」
程なくして二人が頼んだケーキセットが運ばれて来る。政宗はコーヒーをブラックのまま飲み、ミルフィーユに手を付ける気配はない。そんな彼の様子を少し窺った後。幸村はチョコレートケーキを一口分、フォークに刺し口に入れた。
(あ、美味しいけどあんまり甘くない。これなら政宗殿でも)
「政宗殿」
「?」
「これ多分政宗殿のお口にも合うかと」
ケーキを一切れ刺したフォークを差し出す。政宗は一瞬怪訝な顔を見せた後、フォークに刺されたケーキを口に含んだ。
「どうでござるか?」
「……悪くねえな」
政宗の言葉に安心し小さく息を吐いて、笑みを浮かべる。
「それなら政宗殿がこちらを召し上がりまするか?」
ミルフィーユよりは、と皿を差し出そうとするが。それを政宗は首を横に振って制し。
「俺は今の一口で充分だ。こっち、俺には甘そうだからな。こっちもアンタが食べな」
と、逆にミルフィーユの皿を幸村の前へと置かれてしまった。
自分のチョコレートケーキを食べ終わるまで、ミルフィーユには手を出さなかった幸村だが。
「こっちも気になってたんだろ?」
そう政宗に言われ。確かにそれは事実で。
「うう、済みませぬ」
謝ってから、幸村はミルフィーユの皿を自分の方に寄せた。
「ああ、そうじゃねえ。それじゃ切りにくいだろ。こいつは倒してから切るんだ。貸してみな」
「え」
ミルフィーユのパイ生地を、切ろうと苦戦している所に政宗が言葉と共に手を差し出して来る。ナイフとフォークを渡した後、皿を政宗の前に託すと。彼はケーキを横倒しにしてからフォークで抑え、ナイフを入れ始めた。
「ほら」
綺麗に食べやすい大きさになったミルフィーユの皿を返される。
「そんな風にすれば良かったのでござるな。いつもパイ生地がぼろぼろになってしまう上にカスタードをはみ出させてしまっていたのでござるが……」
「生地が重なってるからな。横に倒した方が切りやすい」
「政宗殿、甘い物得意じゃないのに詳しいのでござるな」
「……作った事あるからな」
「え、菓子作りをされるのでござるか?」
「アンタに会ってから、ちょっと興味持った。もっともまだ食べてもらえるような腕じゃないが」
「いつか食べさせていただけまするか?」
「off course、アンタの為に練習してるんだからな」
「楽しみでござる!」
政宗が切り分けてくれたミルフィーユを口にしながら、幸村は彼が作ってくれたケーキを食べる日に想いを馳せた。
「ほんとに、いつも申し訳ありませぬ」
店から出て。今日も伝票を持って行ってしまい支払いを済ませた政宗に頭を下げる。
「大した額じゃねえんだから気にすんな。俺はアンタとのdateを楽しんでるんだ」
デート、という単語に幸村の頬が紅く染まる。しかも周囲の様子を見回し、誰も居ないと確認したらしい政宗がその赤く染まった頬に素早くキスを落として来て。
幸村の顔は湯気が立ちそうなほどの赤面となった。
「アンタ、さっきみたいな事他の奴にはするなよ」
「さっき?」
「ケーキ、フォークに刺して差し出してきたろ」
「?」
それが何か可笑しい事だろうか、と首を傾げたが。
「某には、喫茶店に一緒に入る様な友人は政宗殿しか居りませぬよ」
「……ならいい」
そう告げると、それ以上の追及は無く。政宗は何処かホッとした表情を見せ。その話はそこで終わりになった。
事実、途中編入の幸村には政宗以外に一緒に出掛けるような親しい友人は今の所居ない。だがクラスで言葉を交わしたり、一緒に弁当を食べる程度の仲の友人は居るし。何より政宗が傍に居てくれるから。寂しいと感じた事はなかった。
「明日からはまた朝練もあるのか」
独り言のような政宗の呟きだったが、幸村はそれに小さく頷く。今日は休みだったが、普段幸村の所属する部活は放課後の活動の他に朝練もある。
「部活で苛められてねえか?アンタ、途中編入の割に目立ってるからな。特待生だから結果出さなきゃいけねえってのもあるんだろうが」
「苛められたりはないでござる」
政宗の質問を否定する。
「なら良いが。何かあったら俺に言え。力になれる筈だ」
「……有難うございまする、でも大丈夫でござるよ」
心配げな政宗に、笑顔で幸村は答える。
幸村は剣道部唯一のスポーツ特待生で。今の所苛められてはいないが、部活内で不安に思う事は、実はある。けれどまだ何も実際に問題としては起きておらず。起きていない事に対する不安を告げて、政宗の心を煩わせるのは本意ではなく。
幸村は自身の気持ちをぐっと飲み込んだ。
「ふぁ」
「もう眠くなったのか?」
「いえ、そのような事はっ」
帰り道、欠伸を漏らしてしまい。政宗の言葉にあわてて首を横に振る。眠気は確かにあったが、まだ夕方と言っていい時間で、そんな時間に眠いなど子供のようで恥ずかしいという思いからの幸村の否定だったが。政宗には通じなかったようで。
「ま、無理もねえな。アンタ朝練と放課後も夜まで部活だろ……終わった後も自主練かなんかで残ってるんだよな?帰って来るのあの時間なら」
政宗の手に髪を掻き混ぜられながら、彼の質問に幸村はこくんと頷いた。
「……顧問の先生に許可をいただいて、部活の終了後も一時間ほど個人練習をしているでござる。出場選手に選ばれなければ、結果を残す事も出来ぬので……」
「スポーツ特待生ってのも大変だな。折角部活休みの日に連れ出して悪かったな」
「いえ、楽しかったでござる!某、嫌な場合ははっきりとお断りいたしまするよ」
「なら良いが。……まあ今日は寮に帰ったら早めに休め。明日からまた朝練もあるんだろ」
肯定の返事を幸村が返し。政宗が幸村の腕を掴んで歩き出す。
寮の近く、自分達を知っている人たちが多く居る所になったら離してもらおうと考えながらも。今この時点では、幸村は政宗の手と繋がる自分の手を、離そうとはしなかった。
「風呂入れるから、それまで寝てな」
「すみませぬ」
寮の部屋に戻り、政宗に促されベッドに横になる。普通の寮生用部屋に浴室は設置されていないが、この少し広めの部屋には唯一浴室があった。しかもかなり広めの。本来ならこの場所は生徒用ではなく、寮の管理人などに宛てられる部屋だったのだろう。それを政宗が使っているのは恐らく、彼の立場故、だろう。
編入当初、政宗を取り巻く環境を、当然ながら幸村は全く知らなかった。けれど編入から少し時間が経った今。校内で有名人である彼の情報は、聞こうとせずとも入って来ていた。
政宗は、どうやらこの私立学校の実質的な経営者である企業グループの社長の息子であるらしい事。幸村の編入前までは女性関係でのトラブルが激しかった事など。けれどそれらはあくまで噂で、幸村が政宗から直接聞いた事ではない。
「なんだ、まだ寝てなかったのか」
ベッドの上で政宗の事について考えていると、彼が戻って来た。
「……政宗殿は帰宅部でござったな。普段はどのように過ごされているので?」
噂でない、本当の政宗の事について知りたいと思った幸村は、そう口にしていた。
「……大体図書館でぼーっとしてるな。本も読むが。後はここで寝てたり、だな」
「なんか若さが感じられないでござる……いた!」
軽いデコピンだったから、痛くはなかったが反射的に声が漏れる。
「?」
少し頬を膨らませて政宗を見上げると、苦い笑みを浮かべた彼と視線が合った。
「これでもアンタが編入してくる前よりはまともな生活になってんだ。前はもっと爛れてたからな」
「……某が来る前、は?」
返事が返ってこなくても良いと思っての質問だったが。
「アンタがこの部屋に来てからは一切、やってないからな」
少しの沈黙の後、政宗はそう前置きしてから話し始めた。
「オレはここに来る前まではアメリカで暮らしてた。んで向こうでは学校自体に通ってなかった。日本に戻ってからここに来た訳だが……オレはその時年齢的には2年、だった。入学試験より編入試験の方が手続きめんどくさそうだったから、そのまま入学試験を受けて1年として入ったが」
「え……政宗殿、本当なら2学年先輩、でござるか」
「ああ。……うちの家庭環境は結構複雑でな。まあ大元の原因はオレのこの目、なんだが」
政宗は自分の長い前髪と更にその下の眼帯に隠れた右目の位置を指で示す。
「この下に眼球はねえ。空洞、だ。これのお蔭で母親から疎まれたオレはそれ以来女という存在自体があまり好きじゃ無くなった」
「え」
「けど何でか俺に言い寄ってくる女は多くてな」
「……それは、政宗殿は美形でござるし……女性が騒ぐのも無理ないでござるよ」
幸村の正直な気持ちだったが、それを聞いた政宗は少し驚いた表情を見せ。その様子に幸村は首を傾げた。
「アンタがそんな事言うとは思わなかった。そういうのに興味なさそうだしな」
「……某は確かにその恋愛とかそういう方面には疎いでござるが……綺麗なものを綺麗と思う感性くらいは持ち合わせているでござる」
「……Thanks。……アンタがここに来るまで、オレはそんな言い寄ってくる女共と適当に付き合っては別れてた。自分から告った事は一度もねえ。全部相手からだ。んで、そんな女たちと体だけの付き合いをしてた。この部屋で、な。さっきも言ったように教師は俺を注意する事はない。俺の親が経営に関係してるからな。だからアンタが来るまでは、そんな爛れた生活を繰り返してた」
「!」
衝撃的な内容に、幸村の心臓の音が跳ねる。普段なら、その内容に赤面する所のはずなのに、なぜか頬は赤くならず。代わりに胸に小さな痛みが落ちた。
政宗がこの部屋で、今は幸村と二人で過ごしているこの部屋で、何人もの女性と関係を結んでいた。
(……心が痛むのは、俺が政宗殿の事を恋愛感情で好きだから、なのだろうか)
友人として、先輩として政宗の事は好きだ。だがその好きだけでは、こんな気持ちは抱かないのではないか。恋愛という物自体が、自分と遠いものだと思っていた幸村には、はっきりと判断できないのだけれど。
今の話は、幸村がここに来る前の事だと言っていた。これ以上政宗の口から以前の女性の事など聞きたくないと思った幸村の口からは。
「……その女性に不自由していない政宗殿が何故某などを?」
話をそらすようにそう質問が零れていた。
「アンタ、オレと初めて会った時の事、覚えてるか?」
寝転んだままの幸村の頬を、ベッド端に腰掛けた政宗の手が優しく撫でる。
「図書館での事でござるか?」
「……確かにここで初めて会ったのは図書館だな」
「?」
政宗の言い方に首を傾げるが、幸村は政宗にこの学校に来る以前に会った記憶はない。
記憶にある図書館での出会いを反芻して。幸村は布団を頭の上まで引っ張り上げて顔を隠した。
「どうした?」
「そのっ……あの時の某は酷く生意気であったなと。思い返して恥ずかしく…っ」
「別にアンタが恥じる事なんてねえだろ。アンタはタバコ吸ってたオレに注意しただけなんだし」
「しかし、今思えば後輩が差し出た事をっ自分で直接注意するのではなく、先生を通した方が」
「教師はオレを注意しないから無理、だな。それにあれがあったから、オレはアンタに興味を持った。あんなに真っ直ぐにオレを見る奴なんて、居なかったからな。だからアンタに興味が湧いた。今図書館に居る事が多いのも、あっこからなら剣道部がたまに外をrunningしてるのが、そん時にアンタが良く見えるって理由もある。っとそろそろ湯が溜まったか」
すぐに戻って来た政宗に、風呂に入るように促され起き上がる。
「どうした?」
しかし暫くベッドに留まったままだった幸村に、政宗が怪訝そうに尋ねた。
「あの、一緒に入りませぬかっ」
幸村の提案に、政宗は面食らったようだった。
「アンタ、オレがアンタの事どう思ってるか知ってるよな?一緒に入ったりしたらどうなるか分からねえぞ」
「政宗殿は某の嫌がる事はしないと信じておりまする」
「……先に入ってな、気が向いたら行く」
(あんな誘う様な事を言ってしまったのは……)
今まで政宗と付き合った、彼が何の感情も抱いていない筈の女性達が、体だけとはいえ彼の事を自分より知っていると考えると何だか少し悔しかったから、だ。好意を持たれている筈の自分は、知らないのに。
(……こんな嫉妬にも似た気持ちを持つのも恋というのならば。俺はきっと政宗殿に恋をしている)
一緒に入ってしまえば、それを決定付ける何かが起こるのではないかと思っての言葉でもあった。
「!」
湯船に入る前に体を流していると、背後のドアが開いた音がし。振り返ると当然そこには政宗が立っていて。
(着痩せするタイプなのでござるな……)
普段は細身に見えていたその体に、しっかりと筋肉がついているのを見て感心する。そして、男らしい胸筋を羨ましく思いながら視線を下げて。
「っ」
足の間に見えたものに、思わず顔を逸らした。
「一緒にと言ったのはアンタだぜ。今更恥ずかしがる……アンタの、随分可愛い色、だな」
傍に来た政宗の言葉に、頬がカッと熱くなる。指摘されたとおり、幸村の中心は政宗のそれと比べると随分大人しい色だ。
「こんな色だと自分で抜いたりもあんまりしてなさそうだな」
「うう、破廉恥でござる」
「馬鹿、その年にもなって自分で抜かないなんて不健全だ」
「ひゃう!」
政宗の指が、幸村の淡い色の中心を軽く弾く。彼の指摘通り、自慰という物を滅多にしない幸村の体は、その小さな刺激だけでもすぐに反応を見せた。
「あ、やめて下され……」
「誘った時にこれ位は想像出来ただろ。ほんとに嫌ならもっと本気で抵抗してみな……アンタが本気でオレに触られるのが嫌なら止めてやる」
「ふっ」
正面に立った政宗の右手が、幸村の中心を扱き上げる。
同性の手に敏感な場所を触られているというのに、触られる事自体に嫌悪はない。やめてと声を漏らしたのは恥ずかしさから、だ。
実は中学の頃に同級生の悪ふざけの延長で似たような体験はした事がある。あの時は笑ってごまかしていたが、内心ただ相手に恐怖と気持ち悪さとしか感じなかった。
今、嫌悪や恐怖が無いのは、きっと相手が政宗だからだ。
「んぁあ!」
自分はやはりこの人が恋愛感情で好きなのだと、告白から2か月ほど経った今、快感に霞む意識の中で漸く自覚しながら。幸村は政宗の手の中に白濁を零していた。
「ぁ…!」
ずるずると崩れ落ちそうになる幸村の体を、政宗の腕が腰を掴んで支える。更に腰を彼の方に引き寄せられて。足の間に触れる熱すぎるものの正体にすぐに気付いた幸村は、目元を紅く染め瞳を伏せた。
「んぅっ」
唇を重ねられる。今まで頬へのキスを受けた事は何度かあったが、唇へはこれが初めてだ。段々深くなる口付けに、少しの息苦しさを感じながらも。政宗への想いを自覚した幸村に、抵抗するという選択肢はない。
「っ」
政宗の巧過ぎるキスによって、再び緩やかに勃ち上がりかけた自身と、政宗の既に硬くなり熱を持っているものを一纏めに掴まれた時は、驚きに身を捩ろうとしたが。
「あ、あ」
政宗の手によって彼の熱い自身と一緒に扱き上げられてしまえば。すぐに与えられる強すぎる快感に酔って行ってしまい。
「まさむねどのお」
甘い声で名前を呼びながら、再び彼に身を任せる。
「っ」
政宗が一瞬息を飲んだような音が聞こえ。
「ぁああ!」
扱き上げる手の動きが早くなり。直後、幸村は二人分の精が、腹や足を濡らしたのを感じていた。
政宗の腕が、くたりと脱力した幸村の体を、そっと壁に預ける。そしてシャワーで足の付け根や腹を重点的に洗った後。自力で動けそうもない幸村を抱え上げ、湯の溜まった浴槽に浸からせた。
「調子に乗って悪かったな……しっかり体暖めてから上がって来な」
そう告げ、政宗は手早く体を流して浴室を出て行く。
力の入らない体にお湯が心地良く染み込むのを感じながら、その背を見送った幸村は。
(風呂から出たら、政宗殿に俺の気持ちを伝えよう……)
そう心に決めていた。
「よし」
髪と体を洗い上げ、脱衣所で着替えを終え。幸村は政宗へ伝える言葉を決めて。緊張感を持ってドアを開ける。
「……まさむねどの?」
しかし、部屋の中に政宗の姿はなく。
(どこへ?)
寮の門限はかなり早い。幸村がこの部屋で暮らし始めてから、政宗が門限を破って帰って来た記憶はない故に。外に出掛けたとは思えず。広めの部屋を見回すと。
ベランダに面したドアが少し開いているのに気付き、歩み寄って。
「な、その様な格好では風邪を引かれまするぞ!」
ベランダで佇んでいた政宗の格好を視界に入れた瞬間、思わず大きな声を出していた。
「上がったのか」
「上がったのかではござらぬっ政宗殿こそ、早く湯に浸かって下され!」
空が暗くなり始めた時刻。風も冷たさを感じさせているというのに、政宗が上半身に着けているものは、薄手のシャツのみ。しかもきちんと着ているのではなく、素肌の肩にひっかけてあるだけの状態で。上半身は裸と言っても過言ではなかった。
「風邪を引かれまする!早く風呂にっ」
幸村にしては、珍しいほどの強引さで政宗の腕を取り風呂へ向かわせようとするが。
「!」
政宗が幸村の手を振り払って来て。驚いて顔を向けると。
「Sorry、アンタに触られるのが嫌なわけじゃ決してねえ」
ばつが悪そうに目を伏せる彼が居た。
「……アンタがあそこまで許すとは思わなくて。歯止めが効かなくなりそうだったからな。頭と体冷やしてた。……風呂入って来る」
浴室へと向かう政宗を眺めながら、言われた言葉を反芻し。
暫く立ってからその意味を悟った幸村。
(……もしかして、気持ちを伝えたら、すぐにあれ以上の事をされてしまうのであろうか……しかし先程より更に進んだ事とはいったい……)
気持ちを自覚してしまった以上、政宗から求められる事を嫌とは思わないが。恋愛音痴な上に性知識も乏しい幸村には、あれ以上の行為というものがどんなものか想像がつかない。ただ、さっきよりもさらに恥ずかしい思いをするのだろうなというのは、何となく予想出来た。
(どうしよう)
気持ちを伝える気でいたが、あれ以上の行為を受け入れる勇気や心構えは、今の幸村にはまだない。
落ち着かない気持ちで、ベッドに横になり。政宗が上がって来るまでの時間に良く考えよう、心を落ち着けようと瞳を閉じる。
政宗の入浴時間は幸村より長い。
政宗と一緒に風呂に入った事によって起こった出来事により、疲労していた幸村は。いつの間にか寝入ってしまっていた。
(ん……朝?あ、昨日はあのまま寝て……まだ朝練には時間があるか)
朝練がある為、早朝に起きなければならない幸村だが。まだ起きるには早すぎる時間だ。早く寝てしまったため、その分目覚めも早まってしまったらしい。
(夕飯食べ損ねたでござるな……食堂は開いておらぬし)
まだ薄暗い中、腹が減ったなと思いもぞもぞと置き出すと。
「あ」
幸村が勉強机として使っている小さなテーブルの上に、昨日の夕飯に出されたものと思われる、ラップの掛かった食事が載せられている。恐らく政宗が、食堂まで取りに行ってくれたものだろう。
(まさむねどの…え?)
感謝をこめて、まだ寝ているであろう政宗のベッドに視線を送るが。
(なにやらいつもと様子が?)
聞こえてくる、寝息というには少し荒い息に首を傾げ、ベッドに近付く。
「政宗殿?」
小さく、遠慮がちに声を掛けてそっと布団を捲り。
「!!政宗殿、熱が?!」
顔から汗を流し、きつく目を閉じて苦しそうな呼吸を吐いている姿を見て。彼が高熱に魘されている事を悟った。
「……なんだ、もう起きた、のか」
「!政宗殿、先生に知らせて来るので病院にっ」
起きた政宗の声は熱のせいからか、酷く掠れている。寮の管理人はまだ出勤している時間ではないが、学校側には誰か居るだろうと思い、知らせるために走り出そうとするが。
「wait!」
政宗の熱を持った手が、幸村の腕を掴みそれを押し留めた。
「教師にも医者にも知らせるな。寝てれば、なお、る」
「しかしっ」
掴まれた腕から、政宗の熱が高いのは伝わって来るし、喋るのも辛そうだ。政宗の手を強引に振り払ってでも知らせに行くべきかと考えて。やはりそうするべきだと行動に移そうとした瞬間。
「……寮で体調崩したなんて知られたら、無理矢理家に連れ戻されちまう……」
元から寮で暮らす事には反対されていたと、ぽつりと譫言の様に漏らされた呟きに。幸村の体はぴたりと止まってしまった。
(家に連れ戻される……政宗殿に会えなくなる?)
家に連れ戻されたとしても、学校を辞める事はないと思うが。幸村と政宗では学年が違う。寮のルームメイトである今程に、一緒に居る時間を過ごす事は叶わなくなるだろう。それは政宗への気持ちを自覚した幸村に取って、辛い事で。それに。
(……政宗殿が体調を崩されたのは、昨日の事が原因だろう。ならば大元の元凶は一緒に風呂へと誘った俺だ……俺が看病しなければ)
「政宗殿、他の方には知らせませぬから、手を離して下され。食堂の冷蔵庫から氷を取ってきまする」
政宗の手が幸村から緩やかに離れる。その手を布団の中に直してから。幸村はまだ眠っているであろう他の部屋の寮生を気遣いながら、出来るだけ足音を立てないよう食堂に向かった。
「政宗殿」
氷を砕いて入れたビニールをタオルに包み、額に乗せる。冷たすぎないかと聞くと、丁度良いと帰って来て、それは政宗の熱が高い事を示している気がして、幸村の胸が痛んだが。何度か氷を交換している内に、幾分楽になったのか、荒かった息が気が少し落ち着きホッとする。
「まさむねどの?」
「……アンタ、あったけえな」
「!」
どうやら、発熱のせいで寒さを感じているらしい政宗にベッドの中に引っ張り込まれ驚くが。
「……わり、アンタに感染っちまうか」
自分で引っ張り込んだ割に、そういってすぐ解放しようとした彼に。
「某、今まで一度も風邪を引いたことないくらいに体は丈夫故」
幸村はそう告げて自分から身を寄せた。
その様子に切れ長の目を丸くした政宗だったが、幸村の体温が気持ち良かったのか、緩く笑んだ後寝息を立て始め。その様子を暫し見守った後。幸村は時計を確認し、普段なら朝練に出ている時間になっているのに気付く。スポーツ特待生である幸村にとって、部活をさぼる事は当然大きなマイナスだが。こんな状態の政宗を放って部活に出る気にはなれず。いつもより体温の高い政宗の腕の中で、幸村も瞳を閉じる。
この日、幸村は編入以来初めて。部活を無断で欠席した。
「アンタ、朝練あったんだろ……オレのせいで行けなかったんだな……悪ぃ」
「一日くらいサボっても平気でござる!今まで一度もサボったことない故」
政宗が気にやまない様にと、そう主張する。
「……アンタのお蔭でだいぶ楽になった。授業にはまだ間に合うだろ。行ってきな」
「政宗殿一人で大丈夫でござるか?」
政宗の腕から抜け出し、ベッドから起き上がりながら尋ねる。
「ああ、もう動けるから大丈夫だ」
そう言い上半身を起こして見せる彼に、少し安堵し。
「政宗殿、くれぐれもご無理をなさらぬよう」
そう言い残して、授業に出る支度を始めた。
「行って来るでござる」
昨日の晩御飯を朝食として掻き込んだ後、小声で告げると。ベッドからは小さな寝息が返って来ただけだった。その寝息が苦しそうでないのを確認してから。幸村は部屋を飛び出した。
放課後、部活に向かう前に大きく息を吸う。政宗に言ったように、今まで一度もサボった事はなかったが、だからこそ。初めて朝練をサボり、これからの部活に少し緊張してしまう。
その幸村の緊張を余所に。
部室で着替え剣道場へ向かえば。
いつも通りの活動が待っていた。
「真田!」
部活を終え、帰り支度をしている所を顧問に呼ばれる。普段なら自主的に居残り練習をする所だったが、今日は政宗の事が気になり、自主練はせずに寮に戻るつもりだった。
「お前朝練は何で来なかった」
顧問の問いに、答えに詰まる。顧問の口から他の人間に漏れてしまう可能性がある以上、政宗の看病をしていた、とは言えず。結局寝坊をと嘘を伝えた。
「お前、スポーツ特待生の自覚はあるんだろうな」
「申し訳ござりませぬ」
「ちょっとこっちに来い」
「っ」
顧問に腕を掴まれ、袴を脱ぎかけたままの姿で、床に投げ出すように倒される。他の部員は皆帰ったらしく、部室には今顧問と幸村二人しかいなかった。
「部活をサボる様な奴には罰を与えなきゃな」
「!」
俯せに倒れたまま、何をされるのかと身を固くした幸村を襲ったのは。
「ぐっ」
竹刀を体に叩きつけられる感触、だった。
「っ!」
部活をサボったのは自分だ、だからこれは当然受けるべき罰なのだと、痛みに耐えていた幸村だが。
「!?」
顧問の手が、袴に掛かった時はさすがに目を見開いた。
「何を!?」
顧問の手は袴を下着ごと幸村の足首まで引きずり下ろし。下肢を剥き出しにしてしまう。余りの事に逃げ出そうとした幸村の。その尻に。
「ぅああ!」
バシンと乾いた音を立てて竹刀が打ち付けられた。崩れ落ちた体に、更に容赦なく竹刀が襲い。剥き出しの尻を集中的に叩かれて。その痛みに幸村の目からジワリと涙が浮かぶ。無理に逃げようとすれば、恐らく顧問の行動はさらにエスカレートするだろう。だから。
早く終わってくれ、とただ祈る事しか幸村には出来なかった。
「ぁぅ」
竹刀で何度も叩かれた尻は赤く腫れあがり熱を持っていて。漸く解放された時、幸村はうつろな瞳で体を震わせていた。そこに顧問の冷たい声が落ちる。
「伊達に助けを求めようとか思うなよ。女なんて選り取りのあいつが何でお前に拘っているかは知らないが……あいつはこの学校の経営だけでなく、色んな会社を展開している財閥の跡取りおぼっちゃんだ。ここを卒業したらお前とは住む世界が違う。まぁお前のへの興味など、単に物珍しさからくる好奇心だろうさ。確か婚約者も居たはずだし。ここを出たらお前の事なんて忘れるだろうよ。そんな相手に迷惑を掛けようと思うな」
政宗に、好きな人に心配を掛けたくない気持ちは幸村にもあり。今回の事は遅刻に対する罰を与えられただけで。行き過ぎた罰だと思うが、その行為は幸村に取って耐えられないほどではなかった。それに、幸村の遅刻を、熱にうなされながらも気にしてくれていた政宗に真実を伝えたら、余計な心労を増やしてしまう。それ故に、今日の事を彼に話す気はない。だが、その部分以外で、幸村に突き刺さる内容が、顧問の言葉にはあった。
(婚約者……忘れる……)
その二つの単語は、過去の記憶を刺激する。床につっぷしたまま、思考の海に沈んでいった幸村は、顧問が部室を去った事にも気付かなかった。
顧問の話で幸村が思い出したのは、自身の父親の事、だった。誰にも、政宗にすら話した事はないが、幸村の父親は生きている。けれど。向こうは幸村の存在を覚えていない。だから、幸村に取って亡くなっているも同然だ。
幸村の幼い記憶では、父と母は仲睦まじい夫婦のはずだった。だがある日突然父は姿を消し。まだ幼い幸村が偶然父を見付け彼に近付いた時。父は幸村の事も母の事も覚えておらず。その横には彼の婚約者という女性が居た。今なら父が記憶喪失になっていて、その間に周囲の人間と新たな関係を築いたのだと理解できるが。幼い幸村には父が自分と母を忘れてしまった事実に、ただ傷付いた事だけ覚えている。そして、そんな風に傷付くのはもう御免だった。
政宗ともし付き合ったとして。彼がここを卒業した後。彼には自分とは別の世界が待っている。その時、政宗は何でもないような顔をして自分への別れを告げるのだろうか。
「っ」
昔、自分と母を忘れ自分達とは無縁の世界に行ってしまった父親のように。いずれ彼の婚約者を、自分に紹介する時が来るのだろうか。付き合った記憶は思い出と消化して、ただの友として。それとも、全くの疎遠になり風の噂で彼の結婚を知ったりするのだろうか。
今それを想像しても辛いが。きっとそれ以上に。
一度彼と想いを通わせてしまったら。そんな状況には耐えられない。
今なら。友のまま関係を終えるならまだ。幾分傷は浅く済む気がした。
顧問の言うように、政宗と自分では済む世界が違うのだ。そんな彼が自分などにいつまでも本気であるはずがない。何故それに気付けなかったのか。彼と比べて自分は何も持っていない。彼が自分の傍に居る意味を見いだせない。
いずれ別れは訪れるだろう。顧問の言うように彼の卒業がその期になる可能性は高い。その時に想いを通わせていた想い出などは自分の心を傷つける材料にしかならない。
それならば。
自覚したばかりのこの恋を。
忘れてしまおう。
のろのろと痛む体を起こす。尻は激しく痛んだが、歩くくらいは出来そうでホッとする。着替えてふらつきながらも寮へと歩き出す。すっかり遅くなってしまっている。政宗の様子が心配だった。彼の事を考えながらも。
(政宗殿に甘える事も、もうやめねば)
彼と少し距離を置かなければ。
そう遠くない別れを想像して。心が砕かれてしまいそうだった。
(……遅過ぎる)
寮の自室のベッドの上で、政宗は幸村の帰りを待っていたが。時計の針は既に午後7時を指しているというのに、帰ってくる気配はない。大体いつもは6時過ぎ位にこの部屋に戻って来ていたから。未だに帰宅していない事に疑問を感じ。
(迎えに行く、か?)
熱は下がったが、まだ幾分だるさの残る体を起こそうとした時。
かちり、と部屋のドアが小さな音を立て。
幸村の漸くの帰宅を知らせるそれに、政宗は小さく安心したような息を吐いた。
普段は幸村が政宗に声を掛け、政宗が中から鍵を開けるというのが多かったが。今日は政宗の体調を気遣ってか、自分で鍵を開けて帰って来たようだ。
「政宗殿、お加減はいかがでござるか?」
眠っていると思ったのか、ごく小さな消え入りそうな声で幸村が尋ねてくる。
「ああ、熱は完全に下がった。まだ少し体にだるさはあるが、明日には多分普段通り、だ」
「良かったでござる」
「……オレよりアンタの方が、何か顔色悪くねえか?」
「っ」
政宗に向かって小さく笑んだ幸村の顔は酷く青褪めているように見えて。手を伸ばして頬を触ろうとした瞬間。その表情が目に見えて硬くなった。
「某、汗をかいている故、シャワーを」
「あ、ああ」
背を向けた幸村に、伸ばしていた手を所在無げに下ろす。
(……昨日、調子に乗りすぎた、か?やっぱり)
今朝は大人しく一緒のベッドに収まってくれていたが、あれは病人への優しさだったのか。先程の幸村の面持ちは、政宗の手に照れからではない硬い感情からの拒絶があったように感じた。
昨日の事が原因なのか、それとも学校に行っていた間に何かあったのか。
(……暫くはスキンシップも控えた方が良いか?)
先程の出来事だけでは、幸村が政宗を本当に拒絶しているかははっきりとは分からないが。
(……ずっと探してた相手に偶然会えたんだ。そのせいでちょっと焦りすぎちまったが)
その焦りが原因で幸村の笑顔を奪ってしまうような事は無いようにしなければ。
政宗は瞳を閉じて。彼と初めて出会った時を思い出していた。
覚えていないならと、政宗は敢えて訂正しなかったが。幸村と初めて会ったのはこの学校が初めてではない。彼と出会ったのはお互いまだ幼い、親の庇護が必要なほど小さな子供の頃、だった。
(うるさい、どこの子だ)
公園のそう高くない木に登りその幹に背を預け、眠っていると。木の下から甲高い泣き声が聞こえて来る。
(どうせ暫くしたら親が迎えに来るだろう、母親に見捨てられたオレと違って)
政宗は、少し前。9つの誕生日直前に病気で右目を失い。そのせいで母の愛を失って以来、普通の子供より少し斜に構えた所のある性格になっていた。
政宗が息苦しい家からこの公園に息抜きに来て数日経つが。泣いていた全員の子供が、夕方になると親の迎えが来て泣き止み、家へと帰って行く。だから今日今泣いている子も、そうなのだと考えていた。
しかし。
(……この辺のガキじゃねえのか?)
火のついたような泣き声は、すすり泣くようなものに変わっていたが。日が暮れ始めてもその子の親らしき迎えの声は聞こえて来ない。
少し興味を惹かれて、木の上から下を覗き込む。この所、公園で遊んでいた子供は大体記憶していた政宗だが、見えて来た赤毛に近い茶髪の子には見覚えが無い。
(……どこの子だ。親は何してんだ)
政宗がここに居る事は家の者達には知れているし、家は近い上、父は忙しく滅多に家に帰らない上、母は自分の事など大して心配してもいまいだろうが。見えた子供は自分より幾分年下な気がして。普通そんな小さな子供がこんな時間まで公園に居たら親は心配するのではないか。
もしかしたら、自分と似たような境遇の子供なのかと、少し興味を惹かれた政宗は。
木から飛び降りた。
「っ」
丁度その子供の隣に降り立った事で驚かせてしまったらしい。涙を溜めた茶色い大きな瞳が見開かれた形で政宗の姿を映す。
(……何か、コイツが泣くのは嫌だ)
他人の泣き顔にそんな印象を持ったのは初めてで。政宗は自分の抱えた感情に戸惑いながらも。自分より小さなその子供の頭をそっと撫でた。
「もうすぐ暗くなるぞ。母親か父親はどうした」
「ははうえはおしごと……ちちうえは……ふぇえっ」
「おい、泣くな」
ちちうえ、と言葉にした瞬間、再び声を上げて泣き出してしまった子を何とかしたくて。腕に抱え上げる。年はそんなに離れて居なさそうだったから、軽くはなかったが。どうにか抱きかかえる事が出来た。
子供は泣きながら政宗に何かを訴え掛けて来て。
(……父親は自分と母親を知らないって言ってる?母親とあんなに仲が良かったのに、自分の事も可愛がってくれてたのに?……記憶喪失か何か、か?)
伝えられた拙い言葉を整理して、政宗はそう結論付けた。
泣き続ける子供の背をあやすように優しく撫で続けていると。暫く経って腕に掛かる重みが増し。
(あ、眠っちまった)
それが心地良かったのか、子供は政宗の腕の中で寝息を立て始めてしまった。
子供を抱えたまま地面に座り込み、どうするか、と悩んでいると。
「!」
公園の入り口に酷く慌てた様子の若い女性が見えた。
「ゆき!」
政宗の抱えている子を見て、女性はそう叫んで近付いて来る。
「ははうえ?」
腕の中の子供が、そう呟いて半分瞳を開く。政宗は女性に子供を差し出し。
「ずっとここで泣いてたぜ」
彼女の手に子供が渡ったのを確認して。踵を返した。
その背に女性の「ごめんなさい、有難う」という声が掛かったが。親が来たならもう自分がいる必要はないだろうと、歩き出す。
「ゆき、ここに来ちゃダメって言ったでしょう」
背中越しに女性が子供にそう言い聞かせているのが聞こえ。
もうあの子には会えないだろうな、と思いつつ帰路についた。
所が政宗の予想に反し。次の日も子供は公園に姿を見せた。ゆき、と母親に呼ばれていたその子は、政宗の姿を見付けると、おにいちゃん、と近付いて来た。
「母親に、来るなって言われたんじゃなかったのか」
今日は泣いていないその子に、問い掛けると。
「……母上も、本当は父上に戻って来てほしいて思ってるでござる。だからゆきが父上に会って思い出してもらうってお家に帰って来てもらうでござる!」
泣きじゃくっていた昨日とは違い、元気にそう宣言する子供に少し驚く。
「思い出してもらえると良いな」
そう告げて昨日と同じように頭を撫でると。その子供はにこりと笑い・
その笑顔を可愛いと、ずっと笑っていてくれればいいという感情が政宗の中から湧き上がる。
だが、それは叶わなかった。
数日後。公園でまたその子供は泣いていた。泣き出す少し前から見守っていた政宗にも、その理由は分かっている。そして子供がもうこの公園には訪れないだろうという事も。
この近くに住んでいたらしい子供の父。記憶喪失だろうという政宗の想像は当たっていた。その父親は、ゆきという子供の頭を撫でながら。結婚して引っ越す事になったと告げ去って行った。彼の横には婚約者という女性が居て。ゆきには婚約者という意味は分からずとも、その雰囲気で彼女と父親がどういう関係か悟ってしまったようだった。
父親が去った後、泣き続ける子供に。政宗は何と声を掛けたらいいか分からず。ただ傍に居て。たまにその頭や背中を撫で続けた。
「ゆき」
「ははうえ」
「もうここに来ても意味が無いでしょう。帰りましょう」
迎えに来た母親は、今日子供が経験した事を知っているのか。そう告げて子を抱え上げる。数時間泣き続けて涙が枯れたのか、子供はもう泣いていなかった。
「君もいつもゆきに付き合ってくれて本当に有難う」
「別に」
自分がこの子供の傍に居たいから、居ただけだと、素っ気なく返す。
「おにいちゃん」
「?」
子供が母親の腕の中から自分の方に手を伸ばして来て。首を傾げながらも近付くと。
「!触るなっ」
「っ」
小さな手が長い前髪で隠している政宗の右目の辺りに触れそうになり。思わずその手を叩き落としていた。
「……ごめんなさい。おにいちゃんの目、不思議な色で綺麗だったから両目見たいて思ったでござる。ゆき、今度いつおにいちゃんと会えると分からないから……」
「!!」
自分の目は確かに日本人しては少し変わった蒼灰色だが。何故隠しているのかと興味本位に聞かれたり触られかけた事は今までに何度かあっても、そんな理由で、綺麗だから両目を見たいなどという理由でここに触れた者は居なかった。
「わりい。にいちゃんのこっちの目はねえんだ。だからゆきの望みは叶えてやれねえ」
純粋な子供の望みをかなえてやれない事に少しの失望を覚えながらそう告げる。
大きな瞳が不思議そうに瞬いた後。
「おにいちゃんの目、ふたつだと綺麗すぎるからひとつなんでござるな!」
元気よくそう言われ。その言葉に政宗は良い意味で衝撃を受けた。
(……あの後からだな。オレがこの片目を気にしなくなったのは)
そして公園に訪れなくなったあの子供を、自分の目を綺麗だと言ってくれたあの子を。政宗は密かに探していたが見付からず。諦めて渡米した後、帰国して入ったこの高校で。幸村と出会ったのだ。ゆきと呼ばれていたから、女の子だと思っていたし、初めて彼を見掛けた時は、似ているとは感じたものの、あの時の子供だとは分からなかった。しかし図書館で会話を交わし、独特の言葉遣いと自分を真っ直ぐに注意したあの瞳を見て、あの子供だと確信した。
その後一緒の部屋で暮らし始めて。彼の本質があの小さな頃と変わっていないのだと知って。
欲しいと思った。けれどそれ以上に。
自分の事を幸村は覚えていないようだったが、両親は亡くなったと公言しているほど、父親に関する出来事は彼にとって忘れたい辛い記憶なのだろうから。それを残念だとは思わなかった。あの事は覚えていたなら。彼の心に暗い影を落としていたはずだから。あの純粋な心に大きな傷を残したはずだから。忘れたというならその方が良い。
(あの頃と同じ気持ちでオレは)
幸村に笑っていてほしいのだ。幼すぎて自覚が出来なかったが。きっと初めて出会ったあの時から、泣いてほしくないと頭を撫でたあの時から自分は幸村が好きだった。
その彼の顔を曇らせるのは。例え自分自身でも許せない。昨夜は幸村の心が自分に傾いているように思えて。欲しいという気持ちを押し付けるような行為をしてしまったが、政宗の心が本当に優先したいのは。自身の気持ちより、彼の笑顔で。それを守る為ならば……。
「?!」
密かな決意を心に綴っていた時、突如大きな物音が響き。
「幸村?!」
政宗はベッドから飛び起き、音の聞こえてきた場所。幸村が居る浴室へと向かった。
「ぅん……?!」
(俺はあれから一体……)
シャワーを浴びていた所までは覚えている。だが、その後の記憶が無い。どうやら既に朝になっているようだ。
「起きたのか」
「!」
普段は幸村より遅く起きる筈の政宗が、すでに起きている事に違和感を覚えながらも。
「おはようございまする」
と返すと。微妙な表情で政宗が視線を向けて来て。それに首を傾げたが。
(……まさか、政宗殿に見られた?)
昨夜は疲れ切っていた自覚はある。もしかしたら、シャワーの最中に疲労で気を失ったのかもしれない。そんな状況で幸村が自分でベッドに入ったのでなければ、運んだのは間違いなく政宗だろう。
その時に、体に残る竹刀の痕を見られてしまった可能性は高い。
何かあったかと尋ねられると思ったが。
「オレはやる事が出来たから学校に行って来る。アンタ、シャワー浴びながら気ィ失うほど疲れてんだから今日は休め。学校にはオレから言っとく。部活の方にも上手く伝えとくから眠ってな」
「っ」
体の痕への追及は無い代わりに、政宗はそう一方的に言い残して部屋を出て行ってしまった。
追及されれば、彼に責任を感じさせないためにも誤魔化さねばと考えていたから、少しホッとしたが。
(こんな早くから政宗殿が学校に?)
まだ、幸村の朝練が始まる時間ですらない。学校に来ている教師も疎らだろう。そのような時間に、普段はサボりがちな政宗が学校へ出向いて行くのに疑問を持った。
「くっ」
彼が気になった事もあり、昨日の今日で部活をサボるわけには、もう充分に休んだのだからと、ベッドから立ち上がろうとした幸村だが。予想以上に疲労と尻の痛みは残っていたらしく。ベッドに崩れ落ちる。こんな状態では、部活どころか授業すらまともに受けれそうにない。
(……部活が気になるが、政宗殿が言って下さるなら大丈夫であろう)
不安を抱える心にそう言い聞かせる。彼の気持ちに応える事は出来ないのに、甘えすぎている、甘えるのはもうやめようと思っていたけれど。自分には彼以外頼れる人はおらず。
幸村は政宗に心中で謝りながら、瞳を閉じた。
「もう、大丈夫か?」
翌朝、朝練に向かう為に着替えていると、政宗が自分のベッドの上から寝ころんだまま声を掛けて来て。それに肯定の意味を込めて、こくんと笑顔を浮かべる。幸村の表情に、政宗は小さく安堵の息を吐いたように見えた。
「行って来るでござる」
「ああ、無理そうだったらすぐに帰って来いよ」
平気でござる、と返して。幸村は部屋から出た。
正直、あの部活顧問に会うのに不安が無い訳ではない。けれど自分はスポーツ特待生で。顧問と問題を起こすのは自分を不利な対場に追い込みかねない。
(……一昨日は遅刻という理由があったからあのような目に遭ったが)
昨日は政宗が伝えてくれると言っていたし、今後自身が隙を見せなければあのような状況にはならないだろうと。
不安を振り切るように頭を振って、走り出した。
「練習終わった後次の県大会予選のメンバーを発表する。団体、個人両方だ。今日の練習も選考に考慮するから気合い入れて行くように」
「!」
朝練でまず顧問から部員たちに伝えられたのは、そんな言葉。
それを聞いて幸村は。
(団体戦のメンバーには入りたい、いや入らなければ……!)
スポーツ特待生である以上、結果を残さなければ。その結果を出せる場に臨めるようにならなければ。
そんな思いを抱き練習へ臨んだ。
「何か良い事あったか?」
朝練後、汗を拭いて制服に着替え部活棟から学校に向かっていると。その道すがら政宗に出会う。幸村は彼に先程の部活のミーティングでの出来事を伝えた。ミィーティングの後も、顧問が幸村に何かしたりする事はなかった。
「団体の先鋒と個人戦も出るのか。アンタ特待生だから色々気にしてたもんな。まずは選ばれて良かったな」
「はい!結果も残せるように努力しまするっ」
団体戦と個人戦両方に出れる事になり、沈んでいる暇などない、精進しなければと。強く決意する。
「あの政宗殿」
「何だ?」
「本大会まで進めたら、見に来て下さらぬか?」
「ああ、分かった。必ず行く。だから勝ち進めよ?」
「頑張りまする」
あの一緒に風呂に入った夜以来、政宗は自分に性的に触れて来る事はなく、答えを急かす事も無い。幸村はその状況に甘え、友人としての立場のまま彼と接し。今も友人として、唯一の親しい友である彼に試合に来てほしいと伝えたのだった。
(何やら最近視線を感じる……)
最初は気のせいかと思って流していたが、どうもそうではなさそうだ。視線を意識し始めたのは、あの県大会予選メンバー発表の後辺りから。(……俺がメンバーに入ったから、先輩方で出れなくなった方も居るし。多少は恨みを買っても仕方ない、か)
団体戦、個人戦共に1年生で選ばれたのは幸村のみだ。しかし、今の所部活で直接嫌味を言われるなどという事態はなく。だから視線の持ち主が先輩達かどうかも分からない。
(いっその事はっきり言って下さった方が、気が楽だな)
もっとも言われたからといって、メンバーを降りる事は出来ないのだが。
「今日も遅くなんのか?」
「予選本番が近うなっておりますので、出来るだけ体を動かしておきたいと」
「無理しすぎるなよ」
「分かっておりまする」
自主練の時間を増やし、政宗と共に寮で過ごす時間も今までより減ったが。友人としては相変わらず良い付き合いを続けていると思う。最も相手が同じ事を思っているかは分からないが。
部活棟の近くで寮に帰る政宗を、手を振りながら見送る。
ここ暫く、幸村は休日も自主練に時間を費やしているし、政宗もそれを分かっているようで、誘って来る事もなく、二人で出かける機会も殆どなくなった。それを最初は距離を置く良い機会だと考えていたのに、長く一緒に出掛けていないと寂しいという気持ちを抱くようになってしまった。
(これは、この寂しいと言う感情は。俺が政宗殿を好きだと言う気持ちから来ているのだろうか……少し距離を、と思っているのにこんな心を抱くのを止められぬ)
自分ではその疑問に答えを出せないが、大会が終われば、また二人で出かける事も出来るはず。それまでは部活に集中しよう、それが特待生としての自分の勤めだと。幸村は竹刀を揮う手に力を込めた。
「?」
自主練を終え、自分以外は既に帰宅して、しんと静まり返った道場を戸締りの為に見回っていると。入り口の方が少し騒がしく感じ首を傾げる。だがドアから誰か入って来る様子はない。
(何だ?)
戸締りは全て確認し終わった。帰る為には入口を通るしかない。幸村は少し緊張気味に、ドアへと向かった。
(やはり、誰か居る。一人ではない、数人……5人くらい、か?)
暫くドア前に立ち尽くしていたが、ずっとこの場に留まっている訳には行かない。
意を決してドアを開けると。
「?!」
突如伸びて来た手に口を塞がれ、腕を掴まれた。
驚いて見開いた瞳に映ったのは、柄の悪い男たち数人。見覚えはなく、着ている学生服もこの学校のものではない。
何者かと考える前に、幸村の体が本能的な恐怖で震えた。幸村の視界に入った男たちは、飢えた肉食獣のようにも見える。そしてそれは、直後の男たちの言葉と行動から。間違いではないと知らされた。
「何だ、男って聞いてたから期待してなかったが、結構可愛い顔してんじゃん」
「これならそこそこ楽しめるんじゃねえか?」
「!!」
このままではとんでもない目に遭いそうだと、男たちの手から逃れようと身を捩った幸村だが。自分より体格のいい男達数人に囲まれ腕を掴まれていては、脱出も叶わない。逆に、男たちに道場に押し戻されてしまった。更に男の一人が内側からドアのロックをかけた音が、やけに大きく響いた。
「なにをっ」
口を塞いでいた手からは解放されたが、代わりに体を掴む腕が増え、更に道場の畳へと押し倒され。
「や、やめろ!」
服を破られ、裸に剥かれてしまい。
幸村の口から、震える声が零れた。
*モブによる幸村レイプ要素があります(指挿入まで)。苦手な方は御注意ください*
「すぐに楽しみてえ所だが、写真撮らなきゃだな」
「?!」
男の一人がデジカメを手にしているのを見て幸村の瞳が見開かれる。更に別の男が中心に触れてきて、ぞくりと悪寒が走った。
「見ろよ、コイツの、ピンク色だぜ」
「おおー、俺たちについてるもんと同じ物体とは思えねえな」
複数の男の視線がその場所に集中するのに耐えられず、身を捩り逃れようとするが。
「っ」
中心を軽く触っていた男の手が、そこを強い力で握り締めて来て。
「この可愛いの潰されたくなかったら、暴れんじゃねえ」
「!!」
体は鍛えているつもりだったし、1対1の喧嘩ならそうそう負けるつもりは無かったが。相手は複数な上に、自分は全裸で無防備な状態。
そんな中で掛けられた本気を感じさせる男の声に、幸村は抵抗を止めるしかなく。
大人しくなった幸村に、男は信じられない事を要求してきた。
「っく」
動画じゃなくて良いって?、静止画の方が加工しやすいんだとよ、等と会話を交わす男達の中で。幸村は声を漏らすまいと唇を噛み締めながら、膝立ちになり自らの中心をおずおずと扱いていた。幸村から少し離れた位置には、デジカメを構えた男がその様子を納めるべく、シャッターを切っている。
「俺達のとこだったら、別に部室で自慰してようが大した問題にもならねえが、名門校はこんな事でも結構な問題になるんだろうな」
「んじゃ俺達とかここの生徒だったら即退学になっちまうな」
「馬鹿、まず入れるだけの頭がねえだろうがよ」
男たちの会話で、幸村は自らが置かれた状況をあらためて悟る。誰の差し金かはわからないが、今撮られている写真は、神聖な部室で淫らな行為をしていた証拠として、誰かに提出されるのだ。その誰か、は恐らく部活の顧問だろう。あの顧問は幸村の事を余り快く思っていない。自分がこの行為を強要されたのだと主張しても、取り合ってくれないかもしれない。
その後の自分の境遇を想像して、手を止めた幸村に。
「あぐう!」
背後から激しい衝撃が襲った。後ろに居た男が、手近にあった竹刀を幸村の腰に力任せに叩き付けたのだ。
「オラ、ちんたらやってねえでさっさとイッちまえ。あんまりモタモタしてっとこれ、尻にぶっ刺してやるからな」
さらに別の男が、幸村の尻肉を左右に割り開き。竹刀を持った男が、固く閉ざされた蕾を竹刀の先で軽く突いて来る。
「こいつ尻の奥の肉もピンク色してるぜ。処女みてえじゃん」
男たちの会話の意味が、性知識の乏しい幸村には最初、理解出来なかったが。
(……男同士というのは尻で繋がるの、か?)
竹刀の感触に身を震わせながら、それを尻に刺すという言葉や、男達が幸村の尻をさもいやらしいものを見るようにしてニヤ付いているのを感じ。漸く理解した。
「ぅう」
「こいつ、自慰もあんま慣れてねえんじゃねえの。イッた顔撮りたいんだよな?俺達でイカせてその後画像加工した方が早い気がするぜ」
「そうしようぜ、俺達も早くこいつと愉しみてえしよ」
「!!」
稚拙な動きの幸村に痺れを切らしたらしい男達の手が複数、緩く勃ち上がった中心に伸びる。
「ぁひ、ぁああ!」
ある手は幸村の玉を弄び、またある手は竿を激しく扱き。更に別の手に先端に爪を立てられて。同時に与えられた激しすぎる快感に、幸村は嬌声を上げながら白濁を吐き出していた。
「ぅく」
好きでも無い男達の手に感じてしまった自らへの嫌悪感に、幸村の瞳から耐え切れなかった涙が零れる。だが男達はそんな幸村の様子に当然構う筈も無く。
「!やめっ嫌だぁああ」
「もっと気持ち良くしてやるって」
下卑た笑みを浮かべ、力の入らない幸村の体を今度は俯せにして、手首と足首を抑え込んで。足の間、先程一人の男が竹刀で触れていた閉ざされている場所へと手を伸ばしてきた。
「さ、触るな!!……?!んぅ」
秘められた場所を複数の者に覗き込まれ、触られるのに嫌だと首を振ると。突如口の中に何かを含まされる。吐き出そうとするも、男に手で唇を塞がれては。飲み込むしかなかった。
「ぁ、あ」
飲まされたのは、どうやら媚薬のようなものだったらしく。数分後、幸村の唇からは甘い声が零れ。同時に酷く熱くなってしまった体を持て余し始めていた。
(気持ち悪いはずなのに……)
三人の男の指が、くちくちと淫らな音を立てて尻の奥の秘められた肉を掻き回す感触に、本来なら痛みや嫌悪感を感じる筈の幸村の体は。薬のせいで柔らかく解けて男達の指を受け入れてしまい。
「あ、ん!」
嫌悪所か快感を感じ始めてしまった自分が信じられない。
(こんなのは、俺じゃない……嫌だ……政宗殿っ)
政宗に助けを求めたいと気持ちはあれど、こんな彼以外の男に感じている自分を見られたくないと言う気持ちも同時に抱え。
ただ心の中で彼を呼び。
エスカレートする行為から逃げたい気持ちと、また薬のせいもあるのか。幸村の意識は混濁して行き。
そんな中、己の願望か。
自分を呼ぶ政宗の声が、聞こえた気がした。
「……Shit!」
(何でもっと早く来なかった…!)
中々帰ってこない幸村に疑問を覚え、部室を訪れた政宗。だが中から応えはなく。代わりに不穏な空気を感じ取り、鍵のかかっている扉を蹴り破り。中に入った政宗が見たのは、柄の悪い男達に尻を弄られ、声を上げている幸村の姿だった。
即座に男達を幸村から引き離し、殺さない程度に痛めつけてから、幸村を腕に抱き上げた。薬を盛られているらしく、頬を紅く染めどこか艶を感じさせる表情を浮かべていた彼は、政宗を見上げたが。薬に与えられる快感を処理しきれなくなったのか、虚ろな瞳は政宗を認識できていないようだった。
一応は、間一髪で間に合った事は分かっている。だが自分ですら触れた事のない幸村の体の秘められた場所にあのガラの悪い男達が触れたという事実に、守りきれなかったという後悔と同時に。政宗の中に嫉妬にも似た怒りが湧き上がる。
寮の部屋に戻り、幸村の体を洗い流していると。
「ぁ、ふう、んぅ」
虚ろな瞳のままの幸村が、誘うような甘い声を零し。
(これを、あいつらが聞いたのか…!)
そう考えると、自分の感情を抑えきれなくなる。ずっと幸村の心がはっきりと自分に向くまで待つつもりだった。けれどこんな思わぬ状況で彼の体を奪われそうになった今。守りたいと言う気持ちと、正反対の感情が止められなくなる。
(アンタに、こんな感情ぶつけるのは間違ってるって分かってる……だがっ)
幸村に盛られた薬は、まだ抜けていない様子で。このまま放っておいたら、薬のせいで痴態を見せる彼が、また知らぬ誰かに襲われるかもしれない。自分以外を受け入れてしまうかもしれない。そんなのは耐えられない。
政宗は幸村の腰を引き寄せ、先程まで男達が蹂躙していたその場所へ、指を沈み込ませた。
「あ、あ」
既に解け切っているそこはすぐに政宗の指を飲み込み。幸村はもっと、とでも言うように腰を揺らす。政宗自身も、幸村の痴態を見て既に熱を持っていた。
(アンタ本人の意志じゃねえ、薬のせいだよな……アンタがこんな状態な時に、ヤッちまうなんて、オレはとんだ下種、だな。だがもう止まんねえ)
「力、抜いてろよ。っても聞こえてねえだろうか」
「ぁあ!……ひぐ、いやああああ」
「!!!」
最初は甘い声を漏らしていた幸村だが、挿入の衝撃でか、正気を取り戻してしまったらしい。しかし。
「ワリぃな」
「いやっ、いやだあああ」
一言だけ謝り、泣き叫ぶ幸村を無視して、政宗は腰を振る。背後から抱いていた政宗に、幸村の表情は良く見えなかったが。声は酷く怯えている様に感じた。だが。いやだと叫ぶ幸村も、薬のせいで中は政宗を歓迎している様に柔らかく絡み付いて来て。幸村の声を無理矢理意識から外し、その感触だけを政宗は追いかけた。
「……」
(オレは、これからアンタを怖がらせる材料にしかならねえ……)
ベッドに横たわらせた幸村の顔色は酷く青褪めていて。また、幸村に拒否されながら彼を抱いた政宗の方も、憔悴している。
感情を抑えきれず無理に繋がってしまったものの、幸村に、愛しい人に拒否されながらの行為は。最中は意識しない様にしていたものの、いざ終わってみれば、政宗にも大きなダメージを与えたらしい。
(感情のまま行動したって良い事なんてないって、分かってた筈、なのにな)
自嘲気味な歪んだ笑みを浮かべ。眠っている幸村へと、言葉を告げる。
「幸村……オレはアンタの傍からは消える。アンタ、男から求められるの怖いだろ?オレからもあの男達からもあんなひどい目に遭わされちまったしな」
先程は一時的な感情から酷い事をしてしまったが。
幸村を傷付けるのは、たとえ政宗自身でも許せないという気持ちは今でも持っている。だから、彼を傷付けてしまった今。ここから去らなければ。
(オレはアンタに対する気持ちを捨てられねえ。そんなオレが傍に居たら、アンタを怯えさせちまう。もっとも目を覚ましたアンタが、オレを許してくれるかは分からねえが……。アンタが目覚める前ににオレは、ここから消える。せめてもの詫びだ。アンタの不安材料は全部オレが消してやるから……)
傍には居なくても、オレの持てる力全部使って、アンタを守るから。
だから、アンタは目を覚ましたら。いつもの、あの純粋で元気な真田幸村に戻ってくれ。
幸村の髪を梳き上げ、その額に一つキスを落とし。
数少ない私物をまとめたバッグを手に、政宗は部屋を出て行く。もうここに戻って来る事はないだろうと思いながら。
政宗が部屋を出た直後。幸村の唇から、譫言のような言葉が零れる。涙を流しながら小さく呟かれたそれを。
政宗が聞いていれば、出て行くのを止めていたかもしれない。けれどその声は、既に部屋から去ってしまっていた彼の耳に届く事はなかった。
「いやだ……まさむねどの以外に触られるのは、いや」