They love each other サンプル
HAMATORA offline
<P8>
くうくうと良く眠っているバースデイの柔らかい金色の髪を一度撫で、サングラスを外して顔色を確認した後、毛布をそっと体に掛ける。その際、バースデイの頭の横にシックな紅い表紙の冊子が置かれているのに気付いた。
その正体はレシオが良く知っている。少し前に病院長から渡されたお見合い写真だ。
レシオの全ては目の前に居る彼に全て捧げられている。それは今までもこれからも変わらない。だから見合いなど興味は無い。けれど見るだけでも、と院長から押し付けられ、結局持って帰ってしまったものだ。隠していた訳ではないが、バースデイに見られるのは少し嫌だった。否、見られるのが嫌なのではなく、これを見付けてしまった後の彼の反応が予想出来て、それが嫌だったのかもしれない。
バースデイの横にあるそれを手に取る。傍に置かれていたのは一冊だけで、他のものはソファの下にまとめてぞんざいに放置されている。この一冊が何か彼の興味を特別に惹いたのだろうか、と不思議に思い開いて。
(……少し、似ている、な)
藍色の着物を身に纏った写真の女性が、高校時代の知人に少しだけ似ていると感じた。
レシオは関わる機会が少なかったが、バースデイとは結構接点があった彼女。
写真を見ただけでレシオが思い出す位だ。バースデイもきっと、写真の女性にその同級生の面影を見たのだろう。
眠っている幼馴染みにとって彼女は綺麗な思い出になっているのだろうが、レシオにとっては苦い記憶、だった。
「あれ、レシオ今日はバースデイと一緒じゃねえの」
「今から迎えに行く所だ」
「そっか、んじゃ伝えといてくれね?」
バースデイがたまにつるんでいる男子生徒からの伝言を受け取り、レシオは屋上に向かう。放課後すぐに姿を消したバースデイに何処に居る?とメールした所屋上、と返って来たからだ。来るなとはメールに記されていなかったから、迎えに行っても構わないだろう。
窓から入って来る陽光に眼帯に覆われていない左目を細めながら階段を上りきり、ドアに手を掛けたところで。声が聞こえて来て思わず足を止めた。
ドアからそう離れていない場所で話しているのだろう。決して大きな声ではない、むしろ小さいと言って良い声だったが、真剣なそれがレシオの耳にはっきりと入って来てしまう。
聞き覚えのある女生徒の声。学期始めにレシオもバースデイと共に彼女と会話した記憶がある。
確かバースデイが大量の荷物を抱えた彼女を手伝おうとしていて。そこに通り掛かったのが話す切っ掛けだったと思う。当然バースデイの言葉によって運ぶのを手伝わされた。レシオは彼女とその後そんなに話す機会はなかったが、彼女とバースデイは度々交流を重ねていたようだ。彼女から良く相談を持ち掛けられるのだとバースデイは言っていた。その頃からもしかしたら、とは思っていたが、どうやらその考えは当たっていたようだ。
彼女はバースデイに自分の気持ちを一生懸命伝えている。
真剣な告白を本人以外に聞かれたくはないだろう、と思うものの。
レシオの体はまるで金縛りにあったように動かない。
女生徒の声が一旦途切れる。伝えたいことは伝え終えたのだろう。暫く無音の時間が続き、それをバースデイの声が破る。
第一声がごめん、だったことにまず安堵を覚えた自分を、レシオは嫌悪した。
バースデイの返事はまだ続いている。
「っ」
その内容はレシオの心にも色んな意味で突き刺さるもの、だった。
ドアが開き、まず出て来たのは女生徒だった。彼女は俯いたまま、レシオの横を駆け抜けて行く。ちらと見えた濡れた瞳には、レシオの存在は全く映っていないようで、それに少しホッとした。
次にゆっくりとした足取りでバースデイが出て来る。
「レシオちゃん」
彼はレシオがこの場に居ることに何も疑問を持っていないようだった。メールから多分迎えに来ることを予想していたのだろう。
逆光な上にサングラスを着用しているバースデイの表情は良く見えない。けれど。
「ちょーっと胸貸して」
ぼふ、とレシオの胸に頭を預けて来た所を見ると、だいぶ心を痛めているのだろう。
周囲に誰も居ないのを確認して、バースデイの背に手を回し、そっと力を込める。
レシオの胸に顔を埋めながら、バースデイがぽつりぽつりと普段の彼の声からは想像できない程の頼りなさで話し出す。初めてこの声を聞いた時、酷く動揺したが、今はもう随分耐性が出来た。それはレシオがバースデイと過ごしてきた時間の長さを示している。けれど、そんなレシオにも先程のバースデイの告白の返事は突き刺さった。
「病気のこと、誰にも話す気なかったんだけどさあ……あの子なら言いふらしたりしないだろうし。……ほんと真剣な告白だったから、俺も誠実に答えなきゃって思ってさ」
(それがあの答え、になったのか……)
もし、自分が彼に心の奥底に抱えている想いを告げたら。彼女と同じ道を辿ってしまうのだろうか。突き放されてしまうのだろうか。そう考えると。
今の距離が、親友として誰よりも近くに入れるこの立場が一番良いのだろう、と。
レシオは溢れそうになる気持ちを押し殺し、バースデイの背に回した手に一際力を込めて瞳を閉じた。
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「げほ、ごほっ」
口の中が気持ち悪い。さすがに彼女と居る間は態度に出すわけには行かず我慢していたが、寮に戻ってすぐバスルームに飛び込んだ。門限ギリギリの時間で、バースデイは既にベッドで寝息を立てている。
服を脱ぎ捨てながら洗面台でうがいを数十回繰り返した後。体を流す為にシャワーへ向かいコックをひねる。最大量にしようとして、水音でバースデイが起きてしまったら、と考えて思い留まった。
潔癖症の気がある自分が、想い人でもない相手と体を重ねるなんて最初から無理だったのかもしれない。けれど体の奥に燻っていた、バースデイにぶつけそうになってしまっていた熱は、何とか吐き出すことが出来たのだから、結果的には充分だろう。
心は酷く重く、体も決してすっきりした訳ではない。所か自分が酷く汚れた気がしているけれど。
(いや、気のせいではない、な)
好きでもない相手を欲を吐き出す為に利用した。そんな自分が汚れていないはずがない。しかもその相手と触れた唇を気持ち悪いと感じてしまっている自分は、なんて酷い男なのだろう。
元からレシオが無条件に触れることが出来るのはバースデイだけ、だった。けれど彼は自分の欲で穢したくない。それに想いを伝えては、傍に居られなくなるかもしれない。バースデイに本気の告白をしたあの子のように。あれから彼らが二人でいる所を見たことはない。
バースデイへ向ける心は隠さなければならない。だから彼女を作った。
友人達からお前ならもっといい子選べるだろ、よりによって何で、いや顔は可愛いけどさ〜、体で男釣るような奴だぜ?なんて言われたけれど。
わざとそういう子を選んだのだ。
利用するのだから良い子では困る、と。
自分の黒い心に見合った相手ではなければ、と。
周囲がいろいろ言って来る中、バースデイだけは何か言いたげな表情を見せはしたけれど、結局その唇が彼女について何か批判的な言葉を紡ぐことはなかった。それはまるで納得いかないけれど、無理矢理納得させようとしているかのような表情、だった。
「……」
冷たい水が全身を叩くのが酷く心地良い。医者を目指す者の行動とは思えないが、体に悪いとは分かっているが今日はどうしようもなく水を浴びたかった。
冷たい水で、すべての感覚を麻痺させたかった。心も、体も。
「レシオちゃん?」
「っ」
バスルームから出ると、扉の前にバースデイが立っていて。一瞬だがレシオは動揺した。
「バースデイ、悪い、起こしたか」
「いんや、喉乾いたから起きただけなんだけど……レシオちゃん何かあった?」
バースデイが手を伸ばして来る。
「!」
触れられては冷え切った体に気付かれてしまう、と思わずレシオは後ずさる。
「……もう遅いから早く休めよな〜」
バースデイは一瞬はっと表情を変えた後、それ以上近付くことはせず。レシオに背を向けて自分のベッドに戻って行った。
(違う、お前を傷付けたい訳では……)
先程の一瞬のバースデイの表情は大きく翳りを映していて。レシオの行動にバースデイが傷付いたことを示している気がした。
心配を掛けたくなかっただけ、なのに。
<P78>
会釈をするために軽く頭を下げて、彼女が手に大事そうに持っている花に気付いて、そこから視線が離せなくなった。
「こんにちは」
彼女の言葉に返事をしなければと思うのに、口が渇いて音が出て来ない。
レシオの視線の先に彼女が気付いたのだろう。花に視線を送った後。
「あ、このお花、バースデイさんに分けていただいたんです。……もしかして、先生がバースデイさんに?」
違うと言った方が彼女の心にも負担は少なかったのだろうが、こんな反応をしてしまった以上誤魔化し切れないだろうと。レシオは小さく頷く。
「え、すみません!きっと私がしつこく物欲しそうに見てたから分けてくださったんだと……凄く綺麗だったから」
慌てる彼女に、バースデイのものなのだから彼が貴方に上げたのならば何も謝ることは、と何とか伝える。
彼女が抱えている透明度の強い青い薔薇、プリザードフラワーになっているそれは。
レシオがバースデイの誕生日に贈ったもの、だった。
男の幼馴染みの誕生日に薔薇贈る〜?と笑いつつも受け取ってくれて、生花だったそれを勿体無いからと近所の花屋で加工して貰ったのはバースデイだ。贈った時のからかうような反応の割には、大事にしてくれていたように思う。度々指先で花びらを軽くつつく彼の姿を目撃して、その様子に満足していたのだ。
その薔薇の一部が、今彼以外の手に在る。
彼女は青い薔薇しか抱えていないが、レシオが購入したのは。
青い薔薇の中心に数本。
黄色い薔薇が陣取っている花束、だった。
「時間的に会っちゃったりしちゃってなあ」
会ってないと良いな。やっぱりレシオちゃんには知られたくないから。
熱心にじっと見つめているから、思わず聞いてしまった。少し分けようか?と。え、良いんですか?とこちらを振り向いた彼女の笑顔は余りに明るく嬉しそうで、やっぱりダメとは言えなくなってしまった。
レシオから一年前の誕生日に贈られた花束。通りがかった花屋で見付けて、どうしようもなく惹かれて、贈りたくなっていつの間にか買っていたと彼が少し恥ずかしそうに言っていたそれ。
花束のリボンを解いて、五〜六本を抜き出す。黄色い薔薇は避けて、青い薔薇だけを選んだ。黄色の方が数が少ないからではない。これは自分を示す色だから、彼女には渡すべきではないと思ったから。
「良い状態保ってれば後1年は大丈夫だと思うから。……大事にしてねん」
「勿論です!わー有難うございます」
花だけのことではないと、彼女には伝わっていないだろうけれど。
自分が真実を彼女に告げる機会は永遠に来ないだろうから。
そのひとことに想いを込めた。
俺の一番大好きな人を、大切にしてね、幸せにしてね、と。
彼女ならそれが出来るだろうから。
彼女なら彼に幸せな未来を約束してくれるだろうから。
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(本当は……)
レシオの幸せの為、が一番の理由じゃない。自分を選ぶことはレシオの幸せに繋がらない。そう思っているのは確かだけど。
彼の想いに応えない本当の理由。それは。
心の中に在る昏い部分を知られたくない、からだ。
自分の心の奥の奥には、真黒なものが詰まった小さな箱がある。
その箱の中には、どろどろとした感情が詰まっていて。開け放ってしまったら。
きっとレシオを失望させる。彼が見ている自分の姿が、崩れてしまう。
ずっと強固に閉じ続けているその箱を空ける鍵は、レシオの想い、だ。
鍵穴に彼の想いが満ちた時、目を逸らして来た感情が溢れ出てしまうだろう。彼に酷い要求をしてしまうだろう。
そんな自分を彼に見せたくないから。今までずっと彼の想いを避け続けて来たのだ。
親友として傍に居ることは止めずに、彼を振り回しながら。
でもそれももう終わりにしよう。
自分と違ってこの先に長い生が待っている彼を、振り回しっぱなしで良い筈がないのだから。
「バースデイ、散歩にはもう遅すぎるぞ」
背後からぱさと上着が掛けられる。部屋に居ないバースデイをレシオが探しに来たらしかった。
「ん〜ちょっと夜の海って奴見たくなっちゃってさ」
言い訳なのはばればれだろうが、言わずにはいられなかった。唯でさえ夜の暗い空間の中、サングラス越しでは海の様子は殆ど確認できない。
バースデイの言葉に突っ込みを入れることはせず、レシオがゆっくりと隣に腰を下ろす。バースデイがまだ部屋に戻る気が無いと悟って付き合ってくれるようだ。昔から彼はこういう時ただ黙って自分の傍に居てくれた。その行動にどれだけ支えられてきたか分からない。そんな彼と今度こそ本当に、離れようとしている。二人を取り巻く環境が原因で離れてしまったことは今までもあったけれど。そうではなく、バースデイが自分の意志で手を離そうとしている。
レシオの肩に軽く頭を預けながら瞳を閉じて。
(ごめんな、振り回し続けて……散々振り回した挙句、手放すことにして……ごめんな)
届かない謝罪を何度も繰り返した。
<P103>
全く怖くないと言えば嘘になるけれど。
「ここまで来てそれはないんじゃないの?」
これ放り出す気?お互いに。
「っ」
裸の下肢を中途半端に脱がしかけたままだったレシオの足の間に擦り付ける。バースデイのそれもレシオのそれも、先程までのキスではっきりと反応を示していた。
指摘にレシオがかあと頬を染めたのを見て、僅かに主導権を握れた気がして。バースデイは唇の端を僅かに釣り上げる。やはり自分は振り回されるより振り回す方が性に合っている、と。しかしバースデイが感じていた優位は。
「ひあ!?」
すぐにひっくり返された。
レシオが自らの下肢に手を伸ばし、勃ち上がりかけた自身を取り出し。バースデイの腰を掴んで、二人の雄を擦り合わせるように動かす。
刺激に硬さと大きさが増し。熱い先端が触れ合う感触に。
「ぁ、あああ」
バースデイはレシオの肩にしがみつきながらびくびくと体を震わせ精を吐き出した。少ししてレシオの先端からもどくどくと精が噴き出してバースデイの腹から足を濡らす。
学生時代にも似たような行為はしたことはあったが、あの時よりも密着しての行為はより大きな快楽をもたらした。
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