Meaning to be by the side

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「バースデイ」
「おかえり〜。ん?どしたレシオちゃん、暗い顔して」
 病院での勤務を終え、帰宅した幼馴染みはいつもよりどこか沈んでいて。それに首を傾げる。仕事忙しかったのかねとまず考えたが、疲れとかそういったものから来る表情ではない気がする。
 少しの沈黙の後、レシオの口から言い辛そうに切り出された内容に、バースデイは一瞬目を見開いた後。
「あはは、気にすることないだろ、そんなの!」
 と噴き出した。
「しかし」
「今回の俺の誕生日金曜日だかんな〜病院忙しいわな」
「ああ。しかも最近気温差が激しいせいか風邪が流行っているみたいでな……」
 休みが取れなかった、と項垂れ唇を噛み締めるレシオのつむじをバースデイは人差し指でつん、と軽く突く。
 レシオが務める総合病院は土日が休みで、特に混むのは月曜日と金曜日。休診日を挟むからだ。それはバースデイも身を持って知っている。自分の主治医もレシオと同じ病院に勤務しているから。だから自身の定期健診も、担当医に頼んで出来るだけ月金は避けて貰っているほどだ。
「その忙しいお医者様が毎年俺の誕生日近くに数日間も休み取って、旅行に連れて行ってくれてた今までが異常なんだよ」
 休みがとりにくくなったというのは、レシオがそれだけ病院に必要とされているということでもある筈だ。その辺を本人は全く意識していないようだけれど。
 普段通り土日は休めるんだろ?月曜からレシオちゃんはまた激務だろうし、オレも仕事入れねえから今年は金曜の夜から家でゆっくりしようぜ?と告げると。
 レシオが漸く小さく笑みを見せた後、こう付け加えて来た。
「何か欲しいものとかあれば教えてくれ」

「欲しいもの、ねえ」
 翌日、レシオが仕事に出掛けてから、バースデイは一人リビングで考え込んでいた。
 欲しいものは沢山あるが、かなり飽きっぽい性格で、ずっと大事に出来そうなものは少ない。バースデイのそういう所をレシオも長年の付き合いで理解しているからこそ、医師となり収入が安定してからは物を贈るのではなく、バースデイの行きたがった所に旅行へ連れて行ってくれていたのだろう。けれど今年はそれが出来ないから、敢えて欲しいものを尋ねて来たのだと分かる。
(ん〜でもやっぱずっと大切に出来ねえものを強請るのはなあ)
 普段ならまあ良いが、一応誕生日プレゼントだ。やはりずっと大切に出来るものが良い。しかしいくら考えてもバースデイには自分がずっと大切に出来るもの、が浮かばなかった。
(……もの、に拘らなくても良いか)
 与えられる物体ではなく、レシオにして欲しいことを考えて。
(あ、それ良いかも)
 ある一つの行為が浮かぶ。
 レシオに伝えれば些か呆れた顔で見つめられるか、または動揺しながら拒否されるかももしれないが、思い付いたそれはバースデイにとって酷く魅力的に思えた。
 何せ今まで一度も、それに遮られない行為をしたことがなかったのだから。
(あんな切羽詰まった様子の時ですらきっちりつけてたんだからなあ)
 ソファに寝転び、目を瞑る。
 瞼の裏に思い浮かぶのは、色んな意味で初めてを経験した2日間のこと、だ。



(こんなもん、かあ)
 ナンパした女の子とホテルで最後までした。バースデイは最初軽くお茶でもという気持ちで声を掛けたのだが、可愛らしい見た目のわりに随分遊び慣れている女の子だったようで、積極的な彼女に半ば流されたと言っても良かった。
(まあ俺も興味はあったし、利害一致ではあったけど)
 バースデイが初めてだと知ると、相手の女の子はがっかりするどころか喜んで、楽しそうにリードしてくれた。
 確かに気持ち良かったけれど、それだけ、で。特に何も感慨を持つことはなく。
 事後に女の子の腕に抱き込まれた際に浮かんだのは。
 居心地はレシオの腕の中の方が良いな、なんて何とも失礼なものだった。
 別に他意はなく、ただレシオの腕の中の方が安心できる、と思っただけだ。
 女の子の腕と胸は柔らかかったけれど、自分の体を預けて眠るにはどこか頼りなかった。

「バースデイ?」
「あれ、レシオちゃんおかえり。もうこんな時間か〜」
 思いの外体力を使ったらしく、家(家賃を払っているのは主にレシオだが)に帰り着いて、サングラスを外しソファで横になっている内に、すっかり眠りこけていたらしい。
 バースデイが戻ったのは昼過ぎだった筈だが、目の前には仕事を終えて帰宅したレシオが居た。
「具合が悪いのか?」
 心配そうに聞いて来る幼馴染みに首を横に振る。ここは正直に伝えた方が良いだろう。
「いやーちょっと昨日の夜童貞捨てて来ちゃったら何か疲れちゃったみたいでさ〜」
 出来るだけ軽く、いつものくだらないことを言う体で伝えたつもりだったが。
「?」
 一瞬、ほんの一瞬だけ。眼帯に覆われていないレシオの左目、その色が揺れて。表情が酷く歪んだように見えた。しかし。
「少し体が汗ばんでいる。シャワーを浴びておけ」
 そう言う彼はもう普段通りで。着替えの為に自室へ向かう彼の背中を見送った後。
 バースデイはのろのろと起き上がった。
(汗より多分このにおい、だよなあ。レシオが気になってんのは)
 ホテルで一応体は洗ったが、備え付けのボディソープは花の匂いがきつく漂うタイプで。未だに体から香っている。
 バースデイもこの香りは好きではなかったから、帰ったら洗い流してしまおうと考えていたのだが、睡眠の誘惑に負けて今までそのままになっていた。
 自分の家にあまりそぐわない匂いが、潔癖症のレシオには気に喰わなかったのだろう、だから普段帰宅後すぐシャワーを使う彼があんなことを言ったのだと結論付け。早くこのにおいを消さないと機嫌が悪くなってしまうかもしれないと。
 適当に着替えを手にして、シャワーを浴びるべく浴室へと向かった。

 いつも使っているボディソープ、レシオの趣味の無香のそれがきつい花のかおりを打ち消して行く。
 充分に匂いが落ちたのを確認して、脱衣所で体を拭いていると。
「?」
 不意にドアの開く音が聞こえた。
 誰かなんてわかり切っているから振り返らずに「どした〜?シャワー浴びるんなら見ての通りもう上がってるからどーぞ」とのんきに声を掛けて体を拭き続ける。
 しかしレシオからの返事はなく。代わりに。
「!?」
 背後から強く抱き締められた。幼い頃は大きな体格差はなかったと思うのにいつの間にか差がついて、今は6センチほどレシオの方が背が高く。その成長した体に包み込まれている。
「レシオちゃん?濡れるぜ?いっつもきちんと拭けってうるせーの、んん!」
 振り返ると同時に口を塞がれる。レシオの唇によって。
 今まで悪ふざけの延長上でバースデイの方からレシオの頬にキスしたことは何度かある。その際は必ず乱暴に引き剥がされつつ怒鳴られるのが常だったのに、何故今彼と唇が重なっているのだろう。
(ああ、でも)
 昨日の女の子とのキスより、今レシオと交わしているキスの方が、心が跳ねる気がする。触れた感触は昨日の子の方が当然柔らかいし、良い匂いもしたのに。バースデイの心を動かすのは少しかさついた唇のレシオとのこの口付け、だ。
 どうしてそう感じるのかと答えを導き出そうとする前に。
 レシオの唇が離れて。
 バースデイの目に彼の姿が映る。
 レシオは泣きそうに表情を歪めていた。
 幼い頃はともかく、大人になってからレシオのこんな顔を見るのは初めて、だ。
 向き合って頬に手を伸ばす。
 どうしたの、と問う前に声が降って来た。
「……ずっと言っては駄目だと思っていた。お前を縛るようなことはしたくない、と。……だが」
 お前が誰かのものになってしまうのは耐えられない。……お前が好きだ。
 元から低い声が更に低く掠れて、絞り出すように言葉が紡がれる。
 レシオの想いを受けながら、バースデイは彼とのキスが自分の心を熱く動かした理由を悟った。
(そっか)
 近過ぎて、またそういう対象として彼を見たことが無かったから自分の気持ちに気付けなかった。いや、本当は気付いていたけれど、敢えて見ないようにしていたのかもしれない。自分にとって一番大切なのは彼だというのは、既に分かっていたのだから。
 昨日抱いた気持、その理由も今なら理解出来る。あの女の子との行為で不思議と満たされなかったのは、そこに相手への心がなかったから、だ。
 彼の腕の中の方が、女の子の腕の中より心地良いと感じた理由、その一つも、今なら分かる。
 彼と同じ想いをバースデイが持っていたから、だ。けれど。
(受け入れちまって、良いのか?)
 レシオは軽い気持ちでこんなことを言うような人物ではないと、ずっと傍で過ごして来たバースデイ自身が誰よりも知っている。
 受け入れてしまったら、ただでさえ自分を助ける為に、と生き方を決めてきたような彼を、これ以上縛ることになってしまわないか?
 自分はおそらくそう長い時間彼と過ごすことは出来ないのに。受け入れてしまったら、レシオは自分が居なくなった後も、余計に自分に囚われてしまわないか?
 ぐるぐると思考が回る。
 もし受け入れなかったら、と考えて。
 その後の彼の行動を予想して。もしかしたら、気まずくなった彼が離れてしまう可能性もあるのだろかと予想して。
 今はまだそれには耐えられない、彼が傍に居ない生活など考えられない、と。
 バースデイはレシオの頬に触れた手に少し力を込めて囁いた。
「まだ誰のものにもなってねーよ。女の子とは一晩限りの割り切った関係だったし。……レシオちゃん、俺の性格知ってるっしょ?レシオちゃんの気持ちに応えたとしても女の子ナンパするのはやめらんねえし。まあでも体のカンケーの方は今回のでもう良いかなって思ったからお茶に誘う位に留めっけど」
 こんな不誠実な俺でも良い訳?
 内心の動揺を隠して、に、と笑う。
 返って来たのは。
「誰かのものにならなければ、心と体を他の奴に渡さなければ構わない。元よりお前を完全に縛れるとは思っていない。……それはお前らしさを失わせてしまうことに繋がるだろうから」
 という強い言葉で。
 それに安堵した所に二度目の口付けが降って来て。その後レシオに抱えられてベッドに落とされて、体を重ねた。
 医者としての知識のある彼の愛撫は、切羽詰まった表情に似合わず丁寧で。男同士の行為の進め方なんて薄ぼんやりとしか知らなかったバースデイはただ彼の手に身を任せていた。
 流石にその瞬間は痛みを覚悟していたのに、レシオの手によりどろどろに蕩けた体は、挿入時の痛みすら感じなかった。代わりにあったのは入ってきたレシオ自身への小さな違和感だ。
 この体勢が一番負担が少ない、と背後から貫かれる体勢だったから、彼を受け入れている自分の奥がどうなっているかは分からなかったけれど。
(……ああ、ゴム、付けてんのか)
 レシオの熱がどこか遠く感じる気がして、すぐにその理由を理解した。

 バースデイの体への負担や、後処理も考えての行動だったのだろうが、少し残念に思ったのだ。
 彼の体温を、昂ぶった熱を直接感じられないことを。



「な〜欲しいものじゃなくてして欲しいことがあんだけど」
「なんだ?」
 夕食後、ソファに座るレシオの膝に乗り上げて耳元に囁く。
 バースデイの言葉を受けたレシオは案の定。
「なっそれはお前の体に負担が大きすぎる」
 といって首を横に振るが。
「え〜負担つっても普段からそんなにしてるわけじゃねえし良いじゃん」
 更に言葉を募る。
 実はレシオから手を出して来たのはあの初めての日だけで。その後はずっとバースデイの方から誘うのが常だった。バースデイの便利屋稼業を手伝いながら医者という激務をこなしているレシオの体調を考えると、誘える日は限られている。それに誘ってもレシオが断って来る場合もあるから。
 体を重ねる回数はそう多くない。
 レシオが手を出して来ないのは、初めての日の後、バースデイが少し体調を崩してしまったことに関係しているのかもしれない。
 バースデイ自身はあれは体の方の問題ではなく、心の方の問題だと思っている。レシオの想いを受け入れてしまったものの、痛みを覚悟して挑んだ行為は予想外に気持ち良かったものの、まだ彼が自分の傍から離れるのは嫌だと思ったものの、本当にこれで良かったのか、とぐるぐると悩んでキャパオーバーして熱を出してしまったのだと。
 その悩みは、穏やかな笑みを浮かべながら愛しそうに触れて来るレシオを見て。
 まあいっか、と何とかひっこめることが出来たのだけれど。
「そりゃレシオちゃんの潔癖症が原因で俺ちゃんと直接触れたくないって言うんなら我慢するけど〜」
 中々首を縦に振らないレシオに、バースデイは最後の切り札を出す。頬を膨らませて少し拗ねた表情も加えて。
 こうすれば。
「なっ、違う!そうじゃない!」
 返ってくる答えは分かっていた。
「なら良いだろ〜?今年の誕生日プレゼントそれ以外受け取らねえから」
 ダメ押しの一言も付け加えると、レシオは暫くの沈黙の後、仕方ないと言った様子で漸くバースデイの提案に頷いてくれた。


「こっちのベッド使うの久々だな〜」
 普段はレシオのベッドで二人一緒に寝ている。それは初めて体を重ねた日より前からそうだった。
 一応バースデイの部屋は別にあり、それが今居る場所で。しっかりとベッドも存在しているのだが、こちらのベッドを使うのは稀だ。潔癖症で掃除が趣味のレシオはこちらのベッドもしっかり管理しているらしく、シーツも清潔に整えられていた。
 壁掛け時計の針は午後10時を示している。今日は12日。後数時間で誕生日を迎えるバースデイだが、今一人で自分のベッドに座っている。レシオも同じ家に居るのに、だ。それは。
「普段なら兎も角、明日はお前の誕生日だろう?起きた時に腕の中にお前が居たら出勤したくなくなる」
 というレシオの言葉が原因だった。
「レシオちゃん可愛い〜」
 言った後に少し紅くなって顔を背けるレシオをバースデイはからかって。
「んじゃ可愛いレシオちゃんを無断欠勤医師にしない為にも、今日は自分の部屋で寝ますかね。その代わり明日帰って来たらくっつきまくるから」
 と告げて今に至る。
 食事も風呂も済ませたけれど、まだ寝るには早い時間。
 何をするかと考えて、購入したまま中身を読んでいなかった雑誌を、ベッドに横になって消化することにした。

「ん、なに」
 雑誌を読みながら眠りかけていた意識を覚ましたのは、ベッドサイドに置いていた携帯が鳴った音。
 手に取り画面を確認するとメールの着信を知らせる表示。
 0時ちょうどに送られてきたそれに、バースデイは小さく笑みを浮かべた。
 メールは同じ家に居る筈のレシオからで。
 文面は誕生日を祝うもの。
 そう言えば携帯を購入してからはずっと傍で言葉で直接祝って貰っていたから。レシオからこんな風に形に残る祝いの言葉は初めてだな、と気付いて。
 メールに保護を掛けた。
 メールの文面を読み返しながら。
(……後何回祝ってもらえるかねえ)
 そんなことを考える。
 体を重ねるのだって後何回出来るか分からないのだ。
 だからこそ、自分を求める際のレシオの温度を直接肌で知れないのは勿体無いと思った。もし知らぬまま終えてしまったらきっと後悔する、と。
 もっともそれを口に出しては、レシオと揉めて誕生日を祝って貰うどころではなくなると予想できたから、ただ興味があるのだという風を装った。
(ま、こういうじめじめしたのは俺には似合わねーな)
 暗い方向に沈みかけた考えを振り払い、もう寝てしまおうと目を閉じる。今日はレシオが帰宅したら自身の誕生日を満喫する。
 明るい方向に考えを転換するのは得意だ。そしてそれが出来るのはレシオが、バースデイがたまに吐き出す弱音を全力で否定してくれるから、だ。
 未来永劫なんて叶わないと本当は分かっているくせに、バースデイの前では、バースデイにははっきりとそれを求めるのだ。聞き分けのない子供の主張にも似た我の強さで。
 その強い言葉に応えることは無理でも、切り替えることは出来る。
 明るい自分で居なければと気を張ることが出来る。それがレシオの望むことなのだと。
 閉じていた目を緩やかに開いて、保護したメールの文面を視界に入れて。
(ありがとうな、レシオ。俺を立たせていてくれて)
 本人に伝える気はない感謝を心の中でだけ呟く。レシオの方もそういう意味での感謝は求めていないだろうから。
(あ、返すの忘れてた)
 文字を眺めただけで満足してしまい、メールに返信していない事を思い出し、返信しないと何かあったかと心配するかもと考えて。おやすみ、とだけ送信して携帯をサイレントモードに変えて、バースデイは今度こそ眠る為に瞳を閉じた。

「あれ」
 朝、普段ならまだレシオも出勤していない時間に目が覚めたはずなのに、バースデイがリビングに向かうとテーブルにはラップに掛けられた朝食が置いてあり、レシオの姿は見当たらなかった。
 いつもより少し豪華な朝食のプレートの横にはメモが置かれていて。
 内容を確認すると自然と笑みが零れた。
 どうやら出来るだけ早く帰って来るために、前倒しできる雑務を済ませてしまおうと既に病院に向かったらしい。
 昨晩から会っていないから、ほんの少しだけ寂しさはあるがそれはレシオが帰って来てから存分に埋めて貰おう。
「いただきまっすと」
 レンジで軽く温めてから、朝食に手を付ける。
 レシオが帰って来るまで暇だなと思いつつも出掛ける気にはならず、そのままリビングで時間を潰して過ごそうと決めた。
 大して興味のないテレビを見たり音楽を聞いたりして過ごしていたが、飽きて来て。壁掛け時計の針を見るがまだ4時過ぎで、レシオが定時で勤務を終えるにしても帰宅までにはまだ暫くかかるだろう。
 小さく溜息を吐くと同時にテーブルに放置していた携帯が光を放った。
(そいやサイレントモードにしたままだったっけ)
 昨夜寝る前に音を消したまま戻すのを忘れていた。
 依頼だったら断るの面倒だなと思いつつ、携帯を手に取る。通話ではなくメールだ。
「え、レシオちゃんもう仕事終わってんの?」
 差出人に驚いて思わず誰も居ない部屋で声を上げる。
 添付ファイル付きのメールの差出人はレシオで。
 3枚ある画像は全てショーケースに並べられたケーキの写真で、本文はひとこと。
「どれが良いんだ?」
 と添えられていた。
 男二人でホールケーキは持て余すから、毎年カットされたケーキを食べるのが常だ。旅行中はコンビニスイーツで済ませたこともある。知らない街で食べるコンビニのケーキは意外と悪くなかった。しかし今はそんな思い出よりも。
『仕事は?』
 その一言を返信する。
 すぐに返って来たメールには『午後の診療がひと段落したから早退させてもらった』と記されていた。
 嘘だな、と思う。金曜日の午後の総合病院は変な言い方だが賑わっている。土日には急患以外の診療がないから。しかもレシオは評判の良い医師だ、彼を名指ししてくる人も多いだろう。
 意外と強引な所がある彼だから、休みを取れなかった代わりにとでも上と掛け合ったのかもしれない。
 病院での彼の立場を考えると心配だが、自分と過ごす為に労力を割いてくれているのは嬉しいもので。敢えてそこは突かずにそっか〜お疲れ様、という言葉と共に、写真の中から3個、定番のイチゴのショートとフルーツタルト、それにネーミングから甘さ控えだと予想出来るケーキを指定してメールを送信した。

「シャワー浴びて来るわ〜」
 夕食を終え、レシオが買って来てくれたケーキを二人で食べ終わった頃には外はすっかり暗くなっていた。
 3つ買って来てもらったケーキのうち甘さ控えめの一つはレシオに押し付けて、残りの一つは明日までは大丈夫だろうと冷蔵庫に保存してある。
 梅雨のこの時期、昨日までは雨が降り続いていたが、今日は一時的な雷雨はあったものの殆ど快晴だった。もっとも外に出なかったバースデイにはあまり関係なかったのだけれど。
 少し雨に降られてしまい服を濡らしていたレシオは帰宅後まずバースデイに誕生日祝いの言葉を伝えた後すぐにシャワーを浴びていて、今はラフな私服姿だ。
 バースデイがソファから立ち上がる際、ちらをレシオに視線を向けると。ほんの僅かだが緊張しているように思えて、初めてな訳でもないのに、と可笑しかった。

 レシオに小言を貰わないように、いつもよりしっかりと体を拭く。小言で雰囲気を壊されてはたまらない。
 どうせ脱ぐんだからと着替えは持ってこなかった。
 適当にバスタオルを体に巻き付けて浴室を出、まだリビングに居るレシオに向かって、レシオちゃんの部屋で良いよね?と声を掛けようとして。
(あ、俺の部屋の方が良いか。レシオちゃんベッド汚れるの嫌がるだろうし、まあ基本掃除するの俺じゃねえけど気分の問題って奴?)
 後俺の部屋ゴム常備してねーからその方が良いか、と考えて。
「俺、自分の部屋で待ってっから〜」
 と告げて自室へと向かった。

「ん」
 行為はいつも必ずキスから始まる。それも最初はあまり性を匂わせない優しいふわりとした唇以外への口付けから。
 額や頬、瞼の上をレシオの唇が辿っていくのは好きだが、少しもどかしくもある。
「ふ、んん」
 漸く唇が重なって。
 バースデイは自分からレシオの口を抉じ開けて舌を絡めた。

「ん、はぁ」
 四つん這いになってレシオに腰を向ける体勢で、下半身から聞こえてくる濡れた音にきつく目を瞑って耐える。
 傷付けないようにという配慮からだろう。レシオはいつも時間をかけて奥を慣らす。
 バースデイが早くと強請っても、お前を傷付けない為だとこの時ばかりは聞く耳を持たない。普段は結構ぞんざいに扱って来ることも多いのに、むしろ少しはこういう時にそれを発揮してくれてもいいのに、というバースデイの想いは全く届きそうにない。
 まあお陰で挿入の際に痛みを感じたことはないけれど、下肢からの水音、それに自分の下半身が融けてしまったような感覚には未だに慣れずにいる。
「んぁ、ん!」
 中の敏感な部分を刺激されて上がる自分の声、自分のものとは思えない程に甘い響きを持った音にも、慣れない。
 これから先、慣れることがあるんだろうか。慣れる程、体を重ねる機会があるんだろうかとぼんやりと思った瞬間。
「ぁあああ」
 ぐり、と一際強く感じる場所を指の腹で擦られて。
 強烈な快感に何も考えられなくなった。

「あ、それやだっ」
 やっと指が引き抜かれた後、腰をそのまま引き寄せられるのを感じ振り返る。今までずっと背後からだった。それ以外の体位は一度も経験したことがない。それもレシオなりのバースデイへの配慮だと知っているが、今日くらいは顔の見える体勢で繋がりたい。
「しかし」
「今日は俺の誕生日なんだからこれくらいは聞いてくれても良いだろ!」
 やはり今回も渋ったレシオにバースデイは誕生日を盾に少し語尾を荒げると。レシオは一瞬固まった後、無言でバースデイの体を仰向けにひっくり返した。

「はぁ……」
 ゆっくりとレシオのものが中に入って来る。
 熱い。
 それが一番の印象だった。
 繋がった部分が、ゴム越しではなく直接触れている体内のレシオが酷く熱い。
 荒い息を吐きながら、レシオを見上げると。
 普段の彼からは想像できないほど欲に濡れた表情が、バースデイの熱に霞んだ視界に映る。いつもよりレシオ自身も大きく感じて、きっと彼もこの行為に感じている。
(なんか俺、すげえ勿体ねえことしてたんじゃねえの今まで)
 自分を求める彼の本当の熱さも表情も、今まで知らずに居たなんて、とんでもなく損をしていた気分になって。
 瞳に映るレシオの表情に、酷く心音が高鳴る。
「レシオちゃん」
 名前を呼ぶと、上体を倒して近付いてきたレシオの唇がバースデイの唇に触れ。
 柔らく優しい口付けの後、舌を絡める深いものになったそれを受け止める。
(やっぱこっちの方が良いじゃん)
 レシオの顔が見れて、すぐにキスが出来る体勢。後ろからただ揺さぶられるより興奮する。唇が離れて、二人の間を細い銀糸が繋ぐその様子にも、体温が上がる。
「あ、ぁあ…!」
 レシオの生身の雄がバースデイの奥の敏感な部分を抉り。熱い雄とレシオの表情によっていつもより昂ぶっていたバースデイは呆気なく絶頂を迎える。
 レシオの方もいつもより興奮していたのか、瞬間、眉根を寄せながら腰を引こうとした所を、バースデイは足を彼の腰にきつく絡めることで阻止した。
「っ」
 何か文句を言おうとしたレシオの首に腕を回し、その唇に噛り付く。
 こういう意味でもこの体勢の方が良いなと思ったバースデイの思考は。
「んん!」
 中に放たれたレシオの飛沫、その熱さによって四散した。
 腹の中に広がる熱に、体が震える。
 レシオの精を体内に受けながら、バースデイの瞼はゆっくりと下りて行った。


「んっ」
 気を失っている間に、レシオが後始末をしておいてくれたらしい。
 べとついていた筈の全身はすっきりしている。
 どの位気絶していたかは分からないが、あの感触が、熱がもうどこにも残っていないのを残念に感じて。バースデイはそんな自分に内心で苦笑した。
「大丈夫か?」
 差し出されたミネラルウォーターのペットボトルを受け取り、半分ほど喉に流し込んで。
「だいじょぶだいじょぶ。てっかすげえ良かった」
 満足げに呟く。
「っ」
 明け透けな言葉にレシオが顔を背けるが、バースデイは体を起こして彼に擦り寄る。
「な〜さすがにいっつもはレシオちゃんに後処理してもらうの申し訳ないからいっつもとは言わねーけど。毎年お互いの誕生日くらいはゴム無しでやってもいいんじゃねーの?てかやりたい」
「却下だ!」
 思いの外強い拒否。
 バースデイに直に触れるのが嫌な訳ではないと言っていたものの、やはり潔癖症のレシオにはさすがに後始末がきつかったのだろうか。
 しかしそれはちょっと傷付くなと思いつつ。
「え〜レシオもいっつもより感じてたくせに」
 つん、とレシオの頬をつつく。
「……だから、だ」
「え?」
 バースデイから視線を逸らしたままのレシオの唇から、消え入りそうな声が落ちる。言葉を捕えて欲しくなかったのだろうが、生憎この至近距離では幾ら小さな声でも耳に入る。
 バースデイが声を拾ってしまったことで、追及は逃げられないと覚悟したのだろう。
 レシオがぽつりぽつりと話し出す。
「その、だから、お前に無理をさせそうになるし……後始末の最中も……抑え込むのが大変だった」
 バースデイの瞳に映る彼の横顔は紅く染まっていた。
「なんだ、そんな理由。起こしてくれて良かったのに。もう一戦くらい出来たぜ?てか何なら今からもう1回する?」
「バ、バースデイ」
「まあそれは冗談にしても」
 レシオちゃんの全部に触れたいって思う俺の気持ち、たまには叶えてくれても良いじゃん?
 そう強請ると。
「……たまにだけ、だからな」
 と観念したようにレシオが呟いて。それに満足したバースデイははーいと素直に返事をした。


 ソファで並んでテレビを見つつ画面に突っ込みを入れたりしながら夜まで過ごし、いつものようにレシオのベッドに二人で入る。
 一緒のベッドに眠る行為、それは最初、レシオを安心させる為にバースデイが取った行動、だった。
 二人で暮らし始めた頃、夜自分の部屋で眠っていたバースデイが人の気配を感じて目を覚ますと。レシオに覗き込まれているという事態が頻繁にあったのだ。
 バースデイには自室の鍵を掛ける習慣などなかったし、むしろ開け拡げていることの方が多かったから、レシオが部屋に侵入するのは簡単だった。
 流石に毎日ではなかったが、便利屋の仕事でバースデイが怪我をした時などは必ずと言って良いほどレシオは夜、バースデイの部屋に姿を現した。
 持病持ちの幼馴染みが心配だったのだろう。
 そんなにしょっちゅう見に来るんならもう一緒に寝ちゃえばいいんじゃね?とレシオのベッドに侵入したのはもう随分前のことだ。
 最初は驚いていたレシオも、やはり傍に居る方が安心出来たのだろう。バースデイを追い払うことはせず。
 いつしか彼は腕の中にバースデイを囲って眠るのが常となったようだった。
(……レシオの為、だったのにな)
 いつの間にかバースデイ自身が、自分を包むレシオの温度に安堵を覚えるようになってしまった。
 自分の居心地の良い場所として、この腕を求めるようになってしまった。
 良くない傾向だなとは思う。
 独り立ちできるまで、なんて思いながら、どんどん自分に縛る方へとレシオを向かわせている気がする。
 けれど。
「……バースデイ、来年も再来年もその先もずっと」
 隣で祝わせてくれ、と。どこか切なげな響きを持った声が落ちて来る。
 他ならぬレシオがこう言うんだから、俺はまだこの腕の温もりを堪能してて許されるよな?と。
 心の中で誰に対してか分からない言い訳をして。
 抱き締める力を強めるレシオの頭を、小さな子供にするようにぽんぽんと撫でて瞳を閉じた。
(出来るだけ長くこの腕の中で過ごせますように)
 なんて陳腐な願いを浮かべながら。
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