「竜王様の御帰還だ!」
「政宗様、ご無事のお帰り何より」
城に暮らす者達が、主の帰還に声を上げる。城の主・伊達政宗は人々の声を受け流しつつ、城内へと馬を走らせた。
政宗が普段暮らす城から遠く離れた町に大がかりな盗賊団が出現しており甚大な被害を被っているとの知らせを受け、部下と共に町へ向かい、無事制圧を終えた後の帰城だった。
(……姿が見えねえな)
馬を厩の番人に預けた後辺りを見回し、出迎えの人々の中にある人物の姿が無いのに気付き、内心首を傾げる。政宗が外から帰ると普段は真っ先に出迎えに走って来る程なのに、今日に限ってその姿を見掛けない。その人物が奥州で暮らし始めて、まだそう月日は経ってはいないが、政宗にとっては傍に居るのが当たり前になっていて、出迎えが無いのは物足りない。早く会いたいと思っていたから、尚更に。
「……竜王様」
小さく声を掛けて来たのは、城の厨房で主に働いている若い下女だった。政宗は彼女に自身の寝所への出入りも許している。
「どうした?」
「その、宴の支度も湯の用意も整っておりますが。……その前に幸村様の御様子を……。ここ数日、余り御顔色が優れないように見えましたので……多分今も寝所でお休みになっておられるかと」
「!」
政宗は下女に向かって分かったと頷き。寝所へと向かった。そこに求めている者が居るのだから。
伊達政宗の妻、真田幸村。男であり他国の武将である彼が竜王の花嫁として奥州に嫁いで来た過程には、彼の複雑な体質が深く関係している。もっとも政略結婚などではなく、政宗と幸村は、お互い深く心を通わせているのだが。
幸村は虎の一族の長で甲斐の国主、武田信玄に実の子のように可愛がられており、翼虎という特別な虎の力を持つ人物だ。
その幸村は政宗の寝所の褥に横たわって瞳を閉じていた。下女の言っていた通り、顔色が少し悪い。彼の右手には深い蒼の中に虹を閉じ込めたような色合いの鱗が握られている。
以前政宗が奥州を離れる幸村へと贈ったものだ。
政宗自身の鱗。
これを幸村に渡す時、政宗は少し彼に嘘をついた。否、嘘というよりは、わざと説明を省いたというのが正しい。
翼虎は人間の魂を吸うか、または王の名を持つ者の精気を体内に受けることによって生命を維持する。強大な力を持つ代わりに、そうしなければ生きていけない難儀な生き物が翼虎だ。
幸村が手にしている鱗は、竜の姿の政宗の喉元に数枚だけ存在する特別な鱗で、竜王の生命力が詰まっている。それ故、王の精気の代わりとはいかなくとも、足しにはなるだろうと考え幸村に持たせた。
力が詰まっている分、他の鱗と違って剥ぐ時にかなりの痛みを伴い。だから一枚だけしか渡せなかったのだが。
あの時の幸村の心を、政宗は知らず、甲斐に帰ってしまえばもう殆ど関わることはなくなるだろうから、自分の人生と彼の道が重なることは無いだろうからと。伴侶となる人物に削って飲ませてその相手と体を繋げば、自分と体を重ねた時と同じ位の力を得られるだろうと伝えたが、正確には少し違うのだ。この鱗を飲んだ相手は、体内に取り込んだ竜王の精気とともに、幸村に魂の一部を捧げる仕組みになっていたのだ。
魂を吸うのだから、王の精気を体内に受けるのと同等の力を得られるのは当たり前だった。竜王の鱗の力で、普通に魂を吸われた人間よりは幾分、感じる疲労や痛みも少なくなり、命に関わるような事態もないはずで。それ故、相手を害することは無いと幸村を安心させる為に伝えた。魂を吸われるのだから全く害がないとは言えないだろうけれど。
本当のことを告げれば彼は鱗を返してくる可能性が高いだろうから。そして自分の体質に深く悩んでしまうだろうから。告げなかった。
鱗を飲ませる相手を、人生を共にしても良いと思える伴侶に、と指定したのは、彼の選ぶ伴侶ならきっと彼の為に魂を捧ぐのは苦にならないだろうと予想してのことだった。鱗についての真実は、幸村には伝えていないが、密かに彼の主には知らせていた。
もっとも紆余曲折の末、幸村は政宗を、王の力を持つ者を伴侶に選んだのだから、真実を告げる必要はもうないだろう。
竜王の花嫁、伴侶となった幸村は。政宗が夜、寝所で直接精気を注ぎ込むことにより、健康に日々を過ごしていたはずだった。
(……知らせは受けてねえが、どうやらかなり大きな魔物退治をやってのけた後みてえだな)
幸村の白い頬をそっと掌で包み込む。
暫く城から、彼の元から離れていたとはいえ、出発の前に充分に精気を与えたはずで。普通に暮らしていたならば、こんな風に疲れた様子を見せることはない。
考えられる原因は、戦いで翼虎の力を使った故の消耗、だった。
この世界には人間を脅かす魔物が蔓延っていて、それ等への対策も国主に求められている。
城の者から報告は聞いていないから、おそらくひっそりと一人で、政宗が居らぬ間に魔物を撃退したのだろう。
魔物に対して大きく有効な「王の力」を持つ政宗が留守の間、幸村は自身がこの城を守るのだと意気込んでいたようだったから。
「いってらっしゃいませ!留守はこの幸村が守り通しまするっ」
城を出発する際に勢い良く告げて来た姿が、政宗の頭に過る。
(無茶はするなって言ってたはずなんだがな……)
魔物の気配に聡い政宗の従者・片倉小十郎が城に残っていれば、幸村の行動にも目が届いたのだろうが、生憎今回彼は政宗に同行していた。また幸村の従者・忍びの猿飛佐助も幸村の奥州入りと共にこの国で暮らすようになっていたのだが、自分の目が届かない間はあの忍びを幸村の傍に置いておくのが嫌で、大虎へ文を届ける任務を理由に甲斐に帰していた。
「AH?」
顔色は悪いものの、幸村の呼吸は安定していて。以前何度か遭遇した生命の危機のような状況ではないのは明らかだったが、やはり早めに精気を注いでやった方が良いだろうと考えながら彼の体の上に乗せられている厚手の夜着に手を伸ばして。
その下から現れた装束に、思わず動きが止まる。
幸村は単衣の着物の上に、蒼い陣羽織を緩く羽織っていた。政宗が幸村に気持ちを伝える為に贈った丈の短い、花嫁衣装としても使われた蒼い装束ではなく、政宗が戦の際に身に付けている蒼い、裾が少し変わった形の陣羽織。
「ん……政宗殿?」
僅かに幸村には大きい自身の羽織を纏っている姿を眺めていると、当の幸村が目を覚ました。
「おかえりなさいませ!……あ、これはそのっ」
政宗の視線を受けた幸村が身を起こしながら、慌てた声を出す。
「傍にあったので……」
政宗殿の匂いがして、つい、これに包まれていると安心して、と恥ずかしそうに俯きながら零す幸村をそっと抱き寄せて。
「オレが居なくて寂しかったか?」
耳元に囁くと、少しの沈黙の後。
「……その、情けないとは思うのでござるが、この城に来てから今回のように長く政宗殿から離れることはなかった故……心細うござった」
小さな呟きと共に幸村の腕が遠慮がちに政宗の首に、そっと縋るように回される。
「OK、素直な仔虎にはご褒美やらないとな」
政宗は幸村に口付けを贈りながら、腕の中の体を褥に押し倒した。
政宗は本来同性の体に興味がある方ではない。
国主と言う立場上、衆道についての知識は持っていたが、それを自分から実践しようとは思ったことはなかった。柔らかく豊満な肉体を持った女達が大勢いるのに、敢えて熱を吐き出す相手に男を選ぶ気など無かった。
幸村が奥州に来るまで、は。
幸村とも、家臣の未来を心配した信玄が彼を奥州に送って来なければ、関わることはなかったかもしれない。初めは単に信玄の提案は悪くないだろうと、幸村個人には関心がないまま彼を受け入れた。城に訪れた彼は既にその体質による体力低下が限界に来ていて。夜、政宗は強引に彼を抱いた。そうすることで彼の命は維持することが出来る。到着して早々甲斐の国主に任された仔虎にもしもの事態があっては拙いと思ったからで。そこにまだ情は無かった。
けれど今はどうだ。
「んっ」
固い、引き締まった幸村の体が、どんな柔らかい豊満な女の体より興奮を煽る。しなやかな筋肉に覆われた体に手を這わせると、敏感な部分に触れる度に、幸村の血色の良い紅い唇から甘い声が零れ、政宗の体の奥に熱を点す。
幸村は政宗が今迄に出会ったことのない人種、で。真っ直ぐで純粋すぎるほど純粋な彼に段々と惹かれて行き。その気持ちは気まぐれで言い出した手合せにより決定的なものとなった。あんな風に誰かと二人きりで居たい、その時間をずっと感じていたい、邪魔されたくないなんて。政宗はあの時まで思ったことはなかった。
同じ気持ちを幸村も抱えていたと後に聞いて。陳腐な表現だが、彼との出会いは運命だったと感じている。
「あっ」
幸村は今、素肌に直接政宗の陣羽織だけを身に付けた姿だ。一旦全部を脱がせた後、政宗は少し考えて陣羽織だけを再び着せた。前は大きく開かせて行為の邪魔にならないようにして。
自分のそれに包まれている幸村をまだ見ていたかった故の行動で。汚れてしまいまする、と心配する幸村には洗えばいいと言い聞かせた。
出先で当然のように夜には女の提供があったが、それらは全て断っていたから、熱が溜まっている。
指先に触れる幸村の肌はさらりとした感触で、いつもより体から香る匂いが弱く、おそらく寝床に入る前に湯を浴びたのだろう。
(そういえば)
幸村の清潔な体に、政宗は湯浴みもせずにここに急いで来たことを思い出す。外から馬を駆けて来たのだ。今の政宗の身は綺麗とは言い難い。こんな状態の相手に抱かれるのは嫌ではないだろうかと、それを幸村に伝えると。
「……いつもより政宗殿の匂いが濃く感じられて……興奮いたしまする」
軽く頭を抱かれながら返される。そんなこと言われちゃあこのまま続けるしかねえな、と。早く繋がりたいという思いが強くなって、政宗は愛撫を再開した。
「ぁ、あぁ」
まだ芯を持っておらず、ふにゃ、と倒れた形の大きさの違う雄を政宗は二つ纏めて手で扱く。幸村のそれは政宗のものより一回り異常小さく、淡い色をしていて、間違いなく男の性器なのに可愛らしいという印象を政宗に与える。ぎゅっと先端近くを少し強めに掴むと、お互いの敏感な部分が擦り合わさり、すぐに硬度を増した先端が天を仰ぎ。
「あああ」
零れた先走りを塗り込むようにして幸村の中心、その先端を指で押すと、ぴゅくっと白濁が飛び散った。