竜王の花嫁



「奥州、でございますか?」
「うむ、お前が虎を降ろす儀式を迎える前に外の国を知っておくのも良かろうと思ってな。奥州の竜王には既に伝えておる」
「竜王……」
「今この世界に在る王の中では一番我らの考えに竜王が近い。若くして奥州をまとめ上げた男じゃ、学ぶところも多かろう」
「は!」
 甲斐の国主であり虎の一族の長でもある武田信玄の言葉、奥州を訪れろとのそれに、真田幸村は強く頷き。勢いで一筋だけ長い後ろ髪がぴょこんと跳ねた。
 少年から青年への過渡期である幸村の大きな目、敬愛する信玄の姿を映した赤みの強い茶色の瞳は子供のようにきらきらと輝いている。
 幸村の主、信玄は人の姿とは別に大虎の姿を持っていて。大虎の姿の信玄は、人間の時より大きな力を使うことが出来る。しかし虎の一族とはいっても信玄のように虎の姿になることが出来、大きな力を持つことが叶う者はほんのひと握りだ。
 幸村は信玄の息子ではないが、虎を継ぐ者として信玄や周囲の者から期待されている。虎になる為、虎を人間の肉体に降ろす為には儀式をせねばならず、幸村はまだその儀式前、なのだが。
 幸村自身には良く分からなかったが、信玄に『お前には幼い頃から虎になれる兆候が出ている』と言われ続けていたから、自身が虎の力を得たら、主と国の為にその力を使い、より一層尽くしたいとはずっと思っていた。そして儀式前に勉強の為に他国を見て来いと主が言うのならば当然従う。
 幸村が暮らすこの世界は、国同士の天下を目指しての戦と、それに加えてどこからか現れた魔物から国を守るための戦の二つが在り。今はどの国も天下を目指す戦よりも外敵である魔物から国を守るための戦が殆どで。今まで敵対していた国が魔物という共通の外敵を倒すために同盟を結ぶ事態も多々あり。甲斐と奥州も同盟こそ結んではいないが、外敵を倒すために協力したことは何度もあった。またその際に一度だけ、竜王自らが甲斐を訪れたりもしたようだが、すぐに自国に戻って行った彼の姿を幸村が目にする機会は無かった。
 大虎信玄やこの世界に数人だけ存在する『王』と呼ばれる者達は、強大な力を持ち、特に魔物を倒すことに長けていて。
 その中でも竜王は、力を誇示し弱者を虐げて国を支配する王が多い中、国主としても奥州の民から慕われていると噂で聞き及んでいる人物、だった。甲斐の民から尊敬される信玄と同じように。
 生まれて初めて長期間主の元から離れることに不安はあったが、竜王の元ならばきっと、と幸村は自身の心に言い聞かせる。
「……竜王の行動、その目に見えるもの、肌に触れるものだけが全てとは思わぬことじゃ」
 慈しむような信玄の視線と共に落とされた声に、幸村は再度頷いた。内容は完全に理解出来た訳ではなく、疑問は抱えていたけれど。

(今日は特に体が重い……奥州へ出発する日だというのに。しかし佐助はあのように言っていたのだから、きっと大丈夫であろう)
 少し前から体が重く、体調の悪い日が続き、それはとうとう奥州へと出発する日を迎えても治らなかった。信玄に伝えては心配を掛けるからと黙っていたが、幼い頃から共に暮らしている従者、忍びの猿飛佐助に相談した際、「今は仕方ないね。もう暫くしたら、きっと虎を継ぐ儀式までには治ると思うから」と言っていて。彼には幸村の不調の理由は分かっているようだった。もっとも幸村自身に告げてはいけないものなのか、詳細は教えてくれなかったが。しかし彼がそう言うならば特に心配するものではないだろうと、幸村は従者を信じることにした。
『幸村よ』
「お館様!」
 幸村の前に姿を現した信玄は人ではなく虎の姿をしていた。人の姿でも大きく立派な体躯を持つ信玄だが、虎の姿の彼は更に雄大に見える。
『背に乗るが良い。この姿でなら奥州まですぐに送ってやれるからのう』
「!」
 大虎となった信玄は駆ける早さも人間が操る馬などとは比べ物にならないほどに早い。確かにその背に乗れば奥州にも難なく辿り着くだろう。
 しかし主の背に跨るなど、中々抵抗があり固まっていると。
『早うせぬか』
「し、失礼致しまする」
 信玄に促され。好意を無にして主の機嫌を損ねるわけにはいかぬと。幸村は恐縮しながら柔らかい毛に覆われた広い背に身を預けた。

『ここはもう奥州。この森を抜ければ竜王の居城はすぐじゃ。ここから先は一人で行くが良い。危険はないと思うが充分に用心はするのじゃぞ』
「有難うございまする!お館様も甲斐までの道中、お気を付けてくだされ」
『うむ。ではな』
 虎の姿で駆けて行く信玄の姿は、ぐんぐんと小さくなって行く。その後ろ姿が完全に見えなくなるまで、幸村は見送った。少しの寂しさにかられながら。
(奥州とはどのような国なのであろう)
 気持ちを切り替え、目的地に向かうために足を踏み出す。森はそう広いものではなかったらしく、程なくして幸村の視界に、竜王の住む城とそれに連なる町並みが広がった。
 奥州の城下町は活気があり賑やかで、そこに暮らす人々の表情も明るい。信玄の国、甲斐で暮らす人々と同じように。それは奥州が良い主に治められている証拠だろう。
 町の雰囲気自体は甲斐とは大きく異なっていた。人々の身に着けている着物は甲斐のものよりどこか洒落ていて、また店先に並ぶ商品も幸村が見たことがないようなものが多かった。竜王は遠い異国のものを好み、彼等との交流も手掛けていると聞いたことがあり、幸村が初めて見掛けた品たちは異国由来のものなのかもしれない。
 店先を覗きながら歩いていた幸村の目に、甘味茶屋が飛び込んで来る。
(不思議な色の餅だな)
 茶屋で休憩しているおなごが食している淡い緑色の餅が、甘味好きの幸村の目を惹きつけた。おそらくあれは、糂汰餅だろう。佐助から豆から作る奥州名物の餅があると聞いていた。
 さすがに城に向かっている今、寄り道するのは憚られたが、奥州に滞在中やはり一度は食べてみたいと思いつつ、幸村は茶屋を通り過ぎた。

「甲斐の真田幸村と申します」
 城に辿り着き、城門の前で名乗る。信玄から話は通っている筈だ。
「……子供、だな」
「なっ」
 門番とは違う、上等な生地で作られた着物と袴を身に着けた男にいきなりそんなことを言われ、思わず詰るような声が零れる。
「ああ、悪い、政宗様と大差ない歳だと聞いてたんで、ついな。俺は片倉小十郎。竜王の直属の家臣だ」
「!」
 門の前にそのような身分の高い人物が居るとは予想しておらず驚く。どうやら幸村を待ち構えていたようだった。
「着いて来な、政宗様の所へ案内する」
「お願い致しまする」
 少し強面の小十郎の後をついて歩く。
「あそこだ」
 城内の者達は庭で花を愛でながらの酒宴を楽しんでいる最中のようだ。
 幸村の瞳に片目を隠した男の姿が映る。あれが竜王だろう。竜王は幼い頃、病で片目を失ったのだと噂で聞いたことがあった。確かに幸村に比べたら随分大人びている気がする。立場の差だろうか。彼と自分には大した歳の差はない筈で、子供だな、と言った小十郎の言葉も、どうにか納得は出来た。
 周囲に侍っている侍女がうっとりと盃を口に運ぶ政宗を眺めている。竜王はおなごを惹きつける整った顔立ちをしていた。右目は眼帯と長い前髪で覆われているが、それすらも男らしさを上げる役割を果たしているようだ。
 幸村に気付いた彼は、ゆっくりとこちらに視線を向け。金色にも灰色にも見える不思議な色合いの瞳に、幸村の姿が映し出される。鋭い印象の隻眼に暫し言葉もなく見惚れていたが、周囲の侍女たちが怪訝な表情を浮かべているのに気付き、慌てて挨拶の為に頭を下げた。
「アンタが真田幸村か。……オレは竜王、伊達政宗だ」
 低い声が幸村の耳に響く。
 これが竜王、伊達政宗と幸村の出会い、だった。

「湯浴みの後、これを身に着けて政宗様の寝所へお訪ねください」
 客間に案内され、豪奢な部屋に戸惑いながら暫く時を過ごしていた幸村だが。着替えを持って来てくれた侍女達から告げられた言葉に体が強張った。
「っ」
 薄い単衣、城主の寝所にそのような着物を身に着け訪れる理由など幾ら鈍い幸村にも理解出来て。かあ、と頭に血が上りそうになるのを必死で抑える。馬鹿にされているとも思ったが、ここは奥州で、幸村はその奥州の主の元でこれから勉強させてもらう身なのだ、初日でいきなり問題は起こさない方が良いだろう。自分が暫くの時間我慢すれば良いだけの話だ、と言い聞かせた。

「広い」
 竜王は湯浴みを好むらしく、案内された風呂は広く贅沢な作りだった。これからを考えると気は重いが、今はこの立派な風呂を楽しもうと気持ちを切り替える。
 湯も丁度良い温度に整えられていて、体を流した後、湯に使っていた幸村だが。
(……まずい)
 甲斐を出る際に感じた不調が再び表に出てきたように感じ、慌てて湯から上がる。
「う、くぅっ」
 体を拭き、与えられた着物を身に着けている最中、どうしようもなく気分が悪くなり、その場に崩れ落ち掛け。入ってきた誰かに体を抱きとめられたが、幸村は相手の姿を認識する前に意識を失った。

「くぅっ」
 目覚めたのは、下半身に酷い違和感を覚えたから。
(なっ)
 目を開けた幸村の視界にまず飛び込んで来たのは、荒縄できつく縛り上げられた自分の手首、だった。俯せの状態で拘束されているようだ。
「うぐっ」
 くちゅ、と自身の足の間、その奥から濡れた音が響き、異物感が酷くなる。尻穴に濡れた何かが差し込まれ、ゆっくりとだが掻き回されている。何かの正体は政宗の指だとすぐに気付いた。
 政宗の前に尻穴を、自分でも見たことのない場所を晒している体勢だと気付き、羞恥と怒りに唇を噛み締める。気を失っている間に尻の中を弄られるなんて、酷い屈辱だった。
「く、ぁあ」
 拒絶したい幸村の意志に反して、政宗の指により解され柔らかくなった内部は、増やされた指も受け入れてしまう。幸村の尻穴には香油がたっぷり注がれているようで、政宗の指が動く度に濡れた音が響いた。
「っ」
 ぬぷん、と中を蹂躙していた三本の指が引き抜かれる。
「はぁっ」
 一時的な開放に、幸村の唇からは大きく息が零れたが。
「!」
 腰を掴まれ身を固くする。
「ひっ」
 熱く硬いものが尻穴の入口に擦り付けられる感触。その熱は幸村の恐怖を煽った。
「っ、ぁぐうう!」
 ずぷりと激しい音を立てて貫かれ、その熱さとまるで体をふたつに引き裂かれるかのような痛みに、悲鳴を上げる。
「くぅっ、ひぅ」
 ぽろぽろと幸村の瞳から涙が溢れるが。
「あひ、ひぐうっ」
 政宗の動きが止まることはなく、幸村の狭い尻穴の中を太い雄は押し広げながら進み。ずっ、ずっ、と中を擦り上げた。
 暫く痛みだけを感じながら揺さぶられていた幸村だが。
「あぁん!」
突如小さな快楽を感じて少し甘い声が零れる。政宗の手が幸村の萎えていた中心に触れる感触があった。
「あ、あっああ」
 中を貫く動きはそのままに、政宗の手が幸村の中心を激しく扱き上げる。余り自分でもその部分を弄ることのない幸村は、他人の手から初めて与えられる強烈な快感に、びくびくと体を震わせた。中心はすっかり勃ち上がり。後ろの方も、政宗の先端に滲む精が手伝って滑りが良くなって来たのもあってか、痛みが段々と遠のいて行く。
「ぁ、や、ぁああああ」
 ずん!と奥を硬い雄に突かれると同時に、ちょろちょろと先走りを零していた先端に爪を立てられ。勢い良く精を吹き上げたと同時に。
「っ」
 意識を失った。

「気分はどうだ」
 幸村が目覚めたのは、翌日、窓から差し込む日差しが高く強くなった頃、だった。
「良い訳ないで……」
 あんな形で辱めを受けたのだ。気分が良い筈もないと返そうとして。
(だるさが、ない?)
 湯上りに気を失う程だった体調の悪さ、それが不思議な程すっきりと取り除かれているのに気付いた。
腰に残る痛みと、政宗への感情を除けば、ここ最近で一番の健康的な目覚めかもしれない。それ故、元より正直者な幸村は気分が悪いとは返せず。
「こ、腰は痛みまするが……体調の方は悪くはありませぬ」
 小さな声でそう伝えると、政宗が少し面食らったような表情を見せた。幸村の答えが意外だといった様子だ。
「政宗様、そろそろ」
「ああ」
 部屋の外から小十郎の声がして政宗が立ち上がる。おそらく政務に向かうのであろう。
「朝餉はそこに置いてある。まあもう昼に近いがな。城の中と周囲は好きに動いてくれていい。ひとつだけ、城から出て北の方に古い廃墟同然の屋敷があるが、そこには近付くな。後、アンタの寝床は今夜もここだ」
「……分かり申した」
 今日も昨夜と同じ目に遭うと思うとやはり気は重く、一瞬逆らおうかと考えたが。ふ、と信玄に言われた言葉が浮かび、結局頷く。
 政宗は幸村が頷いたのを確認して、寝所から出て行った。




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