あのひのこころをきみに



P3〜

 世間からは破天荒と称される事が多くとも、自分の主は深い部分では立場と行動を弁えている人物で。
 故に、彼は本当に欲しいもの、それを手に掴めぬままだった。
 ……遥か遠い前世、では。

「よろしいのですか」
 彼の父が薦める女性との時間を終えた主に、尋ねる。
 大企業の社長の跡取り息子という責任はあれど、あの頃と違い、今の主の肩には。国、そこで暮らす人々の命は乗っていない。彼がかつてあの国を治めていた頃、自分は彼が欲しているものを誰より分かっていながら、それを止めなければならない立場だった。
 だが今は違う。
 だからこそ、今度は。心のままに生きて欲しかった。前世から抱え続けている想いを、諦めて欲しくなかった。主の想いを誰より近くで見続けて来たからこそ。今度は叶えて欲しかった。
 彼の父が紹介してきた女性と関係を深めたとしても、それなりの幸せは築けるだろう。けれどそれでは前世の、彼の本当の心を押し殺したあの時間の繰り返しになってしまう気がした。
「……会えると、思うか?」
 小さく返された言葉は微かな不安に揺れていて。主が迷っていた理由を悟る。彼は前世で強く求めていた者の姿を、未だその目に映す事が出来ていないのだ。
「……この小十郎が、貴方様に出会えたようにきっと……。それにあの者と政宗様の魂は深い所で繋がっていると、あの時代常々感じておりました」
 そのような二人が出会わぬまま終わる筈はない、と主の迷いを振り払うように告げる。
「そうだな、会える、よな。いや会えねえ筈がねえよな。それにこのまま親に決められた道に流される人生なんてオレらしくねえ。親父は怒るかもしれねえが」
 あの頃と違って、お前も味方してくれるしな、と。笑んだ主に、自身も笑みを返して頷いた。


「幸村君、これ前の棚に飾り付けといて」
「承知仕りました!」
 バイト先の和菓子屋の店長の指示に、勢良く返事をして。
真田幸村は店の入り口付近に設置された棚に、本物と寸分違わない和菓子のレプリカを並べ始めた。
 年明けから少し経ったこの時期、店の装飾は落ち着いた色合いだが、来月、二月半ば辺りになれば、今より華やかになるだろう。三月の桃の節句に向けて。
 ここにバイトの面接を受けに来た時、かなり格式の高そうな店構えに、自分は不器用者であるし通らないであろうなと考えていた幸村だが。予想に反して、店長が古風な言葉遣いを気に入ってくれて、即採用となっていた。
 その古風な言葉遣い、には理由がある。
(結局十九になるまで一人も出会えて居らぬが……)
 幸村は前世、遥か昔戦国時代で生きた自身の記憶を持っていて。言葉遣いを敢えてその頃のままにし、あの時代と同じように後ろ髪も一筋だけ長く伸ばして、更に常に身に付けていた六文銭、それを模したネックレスを首に掛けているのは。
 自分と同じく、あの頃を知っている者達に見付けて貰い易くする為で。
言葉遣いに至っては、今となっては普通の話し方をしようとすると違和感を覚える程だ。
 もっとも同じ時代に生きた彼らは転生していないのか、それとも遠い過去の記憶など無くしてしまったか、十九歳を迎えた今でも。一人として出会えてはいなかった。 
 しかしそれは自身があまり人の多い場所に行かなかったのも関係しているかもしれない。いや、行かなかったのではなく、行けなかったと言った方が正しい。人ごみが苦手だとかそう言う理由ではなく、家が余り裕福ではない幸村は、大学に通う為にこの街に出て来て以来、一人暮らしの為家賃と学費稼ぎのバイトと大学の往復で精一杯で、人の多く集まる場所に顔を出す余裕が無かったのだ。ここ最近、バイト代も幾分かは溜まり、少しだけ余裕が生まれてはいたが。
(別に、出会わずとも生きては行ける。だが)
 もし出会えたら、彼等と話をしてみたい。お館様や佐助と出会えたら、許されるのならば前のように共に過ごしてみたい。敵対していた相手とも、この時代ならばどのような関係を築けるのか知りたい。彼等とも平和なこの時代を共有してみたいという思いがあった。
「これで良いか」
 飾りつけを終えて立ち上がったと同時に、店の扉、自動ドアではないそれがカラカラと音を立てて来客を知らせ。
「!」
 入ってきた人物に店員としての挨拶をしようとした幸村は。
 相手の顔を見て、思わず言葉を飲み込んだ。
 幸村の存在に気付く事無く、色とりどりの和菓子が陳列されるショーケースに眺めている、長い前髪で片目を隠したスーツ姿の男。
 それは前世で好敵手として幾度となく刃を重ねた人物。
 伊達政宗、だった。
(まさむねどの……)
 幸村に気付いていない彼に、その名を呼び掛けるか悩んだ。政宗に前世の記憶があれば良い。それならば会話も弾むだろう。何せあの時代、どの国も天下を目指す中で国として対立はしていたものの、彼とは何度か共通の敵を共に倒した事もあったのだから。
 だがもし記憶がなかった場合、話し掛けた後に何と言い訳して良いか分からない。
 思考がぐるぐると回り、突然の再会に店員として対応するのも忘れて立ち尽くした幸村の視界に。
(!!)
 彼がゆっくりとこちらを振り返る姿が映った。
「……さなだゆきむら?」
 切れ長の隻眼が見開かれると共に彼の口から紡がれた自身の名前に。
「政宗殿……!」
 幸村は心音が高鳴るのを感じていた。


P12〜

「取り壊し?」
 政宗の部屋のカードキー、その存在を鞄の中に感じながら、どこかふわふわした気持ちでアパートに帰宅した幸村を待ち構えていたのは、現実、だった。
 老夫婦が経営しているアパートは古めかしく、お世辞にも綺麗とは言えなかったが、その分家賃が安く、それにずいぶん助けられてきた。そのアパートが、二月頭に取り壊しが決まったという。
 このアパートに住んでいるのは幸村だけで。確かに経営は成り立っていなかったのかもしれないが、急に知らされたそれに幸村は付いていけない。けれど。
 謝罪と共に、取り壊しの理由、その内容を聞いて。
「それは良うござった。娘さんご夫婦と仲良くお幸せに」
 幸村は笑んだ。
 今まで疎遠になっていた老夫婦の娘が、彼等を自分達の家に迎えたいと言って来たらしい。このアパートがある土地も、以前から売って欲しいと頼まれていたが、決心がつかなかった、けれど今ならばまだ比較的高い値段で買い取って貰える話が出ていて。それを手土産にして娘夫婦の元へ向かいたいのだと。
(そのようなおめでたい話に、水をさせる筈がない)
 夫婦は幸村に何度も謝りながら、代わりの物件の資料まで渡してくれた。
「やはり同じくらいの家賃の所はないか……」
 部屋に戻り夫婦から手渡された資料に目を通すが、いずれもこのアパートより二万から三万は高い。それ程このアパートが安かった、という事なのだが。その安い家賃に大いに助けられていた幸村にとって、万単位の負担が増えるのは中々厳しかった。

「結局次のアパートは決まらぬ、か」
 管理人夫婦には心配を掛けない為に、引っ越し先は見付かったと伝えてあるが本当は見付かっていない。今の家賃より多少高くとも節約すれば何とかなるかと思い、何件か当たってみたのだがタイミングが悪く、目を付けた物件は全て埋まった後だった。この時期、春からの新生活に向けて物件を探している人は多いのだ。
 新居を見付けられないまま立ち退きの日を迎え、管理人夫婦に挨拶を済ませた後。元より私物は多くなかったから、少し大きめのスポーツバッグに収まった荷物と共に幸村は今までお世話になったアパートを出た。
 アパートが完全に見えなくなった辺りで、さてこれからどうするか、と立ち止まった幸村の脳裏に。ふ、と政宗から受け取ったカードキー、スポーツバッグではない貴重品を詰めた肩掛け鞄の奥底に仕舞われたままのそれが浮かぶが。
(そこまで、頼る訳にはいかぬ……)
 鍵を受け取って以来、政宗には会って居らず、その間に彼に新しい彼女が出来ているかもしれない。もしそうなっていた場合邪魔をしては、申し訳ないと。考えを振り払う。
それに政宗には何故か今のこの状況を知られたくなかった。かつて身分は違えど、戦場では対等に渡り合っていた相手に、知られるのは恥ずかしいというプライドのようなものが、心の奥底にあるのかもしれない。
 暫く安いカプセルホテルかネットカフェにでも泊まろうと決めて、幸村は再び歩き出した。
(こういう場所は得意ではないが)
 安めのホテルは繁華街の裏道などに多く、雰囲気は苦手だが仕方ない、と。立ち並ぶホテルの看板に記されている値段、それを見比べて行く。しばらく眺めていた所に。
「兄ちゃん」
 呼び掛けられる。
客引きか何かか、掴まっては面倒だな、場所を移すかと思いながらも一応は振り返った幸村だが。立っていたのは予想に反して明らかに商売人には見えない小太りの普通のサラリーマンで。
「何か?」
 首を傾げながら尋ねると。返って来たのは思わぬ内容。道徳に反するそれに、サラリーマンを怒鳴り付けようとした幸村だが。
 次に男の口から出た交渉の言葉に、思わず動きを止めていた。
 悪い事、だとは分かっている。だが。
(それだけあれば、暫くは生活に困らぬ……)


(付き合いの飲みは疲れるぜ……)
 自分は接待される側の場合が多いから、する側よりは気苦労は少ないのかもしれないが。どうせ酒を飲むなら、気心の知れた相手と気楽に飲みたいと、政宗は小さく溜息を吐いた。その方が例え安酒でも旨いだろう。
 今日の相手は年頃の娘が居る、というのも、政宗を疲れさせた原因の一つだった。
 一応、色んな事業を立ち上げているグループ会社社長の跡取り息子、という立場であるこの身には、甘い汁を分けて貰おうと近付いて来る連中が後を絶たない。政宗と歳の近い娘を持った親達が特にそれを顕著に滲ませていて。今日の相手も案の定、政宗の嫁に自分の娘を、と提案してきた。「今は結婚する気はない」と告げると、「では愛人として。何、正妻でなくても構いませんので」等と言ってくる始末で。
(あの時代ならともかく、今のこの世界で娘を愛人として薦めて来る奴が居るか?)
 娘をもっと大切にした方が良い、と半ば呆れながら相手に説き、すっかり精神的に疲労してしまい。出された酒は年代物のワインなどかなりの上物だった筈だが、それをゆっくり味わう心の余裕も無かった。
 どこかで飲み直すか、と歩きながら店を探していると。
(あれは……)
 少し離れている場所に、見覚えのある姿が所在無げに立っている姿が目に入った。ここ最近会っていなかった人物。
 本人には伝えていないが、政宗がスイーツ店の仕事を引き受けたのは、彼に一因がある。父親からは気が乗らないなら他の事業でも、と言われていて。その中には自分が以前から興味を示していた海外を拠点にしたものもあった。それなのに敢えてあの仕事を選んだのは。
 もしかしたらその繋がりで、彼に会えるかもしれない、と思ったからだ。遥か昔、彼が酒よりも甘い物を好むと言うのは聞いた事があり、それはこの世界に転生したとしても変わっていないような気がしたから。ずっと、前世の記憶を取り戻した幼い頃から、彼を探し続けていたのに見つけ出せず悩んでいた所に舞い込んできた話。それに縋ったのだ。そして。
 政宗の選択は当たり、和菓子屋でバイトをしていた彼との再会を果たした。
 仕事で必要だから、と彼に店を聞いたのは嘘ではないが。どちらかというと政宗自身が彼と過ごしたいが為に、その理由として、という方が強かった。
(真田……。丁度良い、誘って飲み直すか)
 昔から生真面目な彼は、未成年だから、と酒は断るだろうが。居酒屋のサイドメニューは意外とデザートが豊富で。政宗が口にした事はないが、以前付き合っていた彼女達、それなりに舌が肥えているであろう女達が、良く褒めていたデザートのある店が、確か此処からそう遠くない所に在った筈。そっちの方向で釣ろう、と歩き出す。
(ん?)
 再び幸村の方を見遣ると。彼は何やら草臥れたサラリーマンに絡まれていた。
(ああ、ありゃ)
 身売りと間違われたな、と見当を付ける。政宗自身はどこがそうなのかというのは興味もないし知らないが、そういう者達の為のポイント、というのがこの飲み屋街にはあるという噂を聞いた事がある。幸村が立っていたのはその場所だったのかもしれない。勿論彼の事だから、偶然そこに立ってしまっていただけで、その気があるわけではないだろう。今は何やら相手のいう事が分かっていない様子だが。理解したらきっと、怒って相手に説教の一つでもかます筈。政宗の知っている真田幸村とは、そういう人物だ。
 サラリーマンのいう事を漸く理解したらしい幸村の顔に、政宗の予想通り、怒りの色が現れる。けれど。その怒りは男から何か一言声を掛けられた後すぐに消えてしまい。
(何やってる!)
 そのまま男と共に歩き出した幸村を、政宗は慌てて追い掛けた。

「オッサン、悪ィがコイツはオレと待ち合わせしてたんでな」
「!!」
 男の後ろを力ない足取りで俯いたまま歩いていた幸村の肩を、ぐいと引き寄せる。顔を上げた彼は政宗を見て酷く驚いた表情を浮かべた。
 相手の男は不満げにこちらを睨んで来たが、張り合って凄みつつ、別に力ずくでも良いんだぜ、とわざとらしく指を鳴らすと。根性が座っている男ではなかったらしく、それだけで逃げ去って行った。
「あの男に何されるか分かっててついて行こうとしたのか?」
 幸村に尋ねると、暫くの沈黙の後、小さく頷きを返して来て。それにカッとなった政宗は、動こうとしない彼の体を強引に引き摺るようにして、近くに泊まっていたタクシーに乗り込んだ。

「何であんな真似をした」
 マンションに付き、ベッドに座らせた幸村に質問を投げ掛けると。
「……住んでいたアパートが取り壊され。次に住む所が見付からず」
 そんな折に声を掛けられ提示された金額が思いの外高額だった為、と。普段の彼に似合わず覇気のない、消え入りそうな小さな声が返って来た。
「鍵、渡してただろ。何でオレを頼らねえ!」
 いつでもこの部屋を使って良いと、カードキーを渡していたのに、何故ここに来なかったのか。
「そこまで甘える事は出来ませぬっ」
「っ、オレに甘えられなくてもあのオッサンに体を売るのは良いってのか!」
「まさむねどの!?」
 自分には頼れないというのに、あのサラリーマンに体を売る事は出来るのか。偶然自分があの場所に居合わせなかったら、幸村は。幸村の体は。先程の男に奪われていたのかもしれないのだ。そんなのは許せない。
「あのオッサンが幾らでと言ってたかは知らねえが、その倍は払ってやる。だから、アンタの体寄越せ。それなら良いんだろ」
「!」
 政宗は幸村をベッドに押し倒し、シャツを乱暴に引き裂いた。
 露わになった上半身は、あの頃ほどは鍛えられていないが、それでもしなやかな筋肉に覆われ引き締まっている。その肌を指で辿ろうとして。
「っ」
 幸村の瞳が怯えを孕んで揺れながらこちらを見ているのに気付き、政宗は我に返った。
「……違う、体だけが欲しいんじゃねえ」
「まさむね、どの?」
 このまま強引に抱いても、心を伴わないまま行為を続けても。傷付くだけだ。幸村は勿論、政宗自身も。
「オレが怒ってるのは、アンタを想ってる、から、だ」
「!」
「好きな相手が、想い人が。自分を頼ってくれずに、他の男に金の為に身を任せようとした、それが許せねえから、だ」
 ……前世からずっと想ってた。だがあの時代は伝える事を許される立場じゃなかった。
 この時代で記憶を取り戻してからずっと、アンタを探してた。
 今度こそ、伝える為に。
 本当はあの時代にも、分かり辛く、だが。アンタに想いを伝えてた。まあそう仕向けて来たから当たり前なんだが、アンタには全く伝わっちゃいなかったようだな。
「……」
 幸村の大きな瞳、それはただただ見開かれ、政宗を見つめている。こんな事を言われるとは予想していなかったのだろう。
 元より彼がそういう方面に鈍いのは良く分かっている。それこそ前世、から。
「オレは明日から三日間出張、だ。……今日は準備の為に実家に帰る。アンタ行く所がねえんなら、ここに居ろ。いや、居てくれ。……そして、オレの事を。オレが言った事を考えてくれ」
 冷蔵庫の中は勝手に使ってくれていい。三日分くらいなら充分ある筈だ、鍵は持ってるだろ?大学やバイトもここから通いな、と言い置いて。呆然と横たわったままの幸村の体にシーツを掛ける。
 本当は出張にもここから直接向かうつもりだったが、頭を冷やす為にも実家に帰った方が良いだろう。
 幸村に一度だけ視線を送った後、政宗は部屋を出た。
 暫く外からマンションの様子を窺っていたが、中から幸村が出て来る事は無く。それに小さく安堵して、歩き出す。
 本当はまだ伝える気はなかった。あんな風に乱暴に伝える気など無かった。
 もっとゆっくり彼と過ごし、その気持ちが自分に向いている、と確証できてから。伝えるつもりだった。
 あの頃と違い、この身は彼に手を伸ばす事を許されているのだから。

「真田幸村、か」
 甲斐と越後、武田信玄と上杉謙信の戦いにちょっかいを出そうとした際。その男と出会った。小隊を率いて姿を現した年若い男を、最初武田の単なる使いっぱしりだろうと思っていた政宗だが。それは間違いだった、と刃を合わせてすぐに気付いた。今まで戦場で数多くの相手と刃を交わして来たが、この男ほど自分を昂ぶらせてくれる者に出会った事は無く。いつしか戦場では必ず彼の姿を探すようになっていた。
(魂が、求めているとでもいうのか)
 彼に対する欲は戦場で対峙するだけでは収まらず。また何度かの共闘で彼をより近くに感じた事で一層深くなっていき。
彼より見目麗しく、柔らかくそそる体を持つ女は自分の周りに幾らでも居るというのに。
政宗の心はいつしか彼、真田幸村ただ一人を求め。
あの熱をこの腕に抱きたい。彼の体と心、その全てを手に入れたい、自分のものにしたい、と思う程になってしまっていた。しかし。
その感情を引き留めたのは政宗の右目同然の忠臣、小十郎の言葉。
「真田に対して二つ心を抱けるのならば、この小十郎も意見はしますまい」
 政宗には、国主として世継ぎを作り、奥州の未来を繋いで行かねばならない立場がある。その立場と、幸村への感情。それを全く別物として両立できるのならば、政宗の想いを止めるような真似はせぬ、と忠臣は言った。
「……無理、だな」
 首を横に振る。
 あの熱い魂を手に入れる事が出来たなら、自分はそれ以外目に入らなくなるだろう。それに、あの真っ直ぐな彼が、二つ心を持って接するなど許してくれる筈もない。
「ならば、どうかその御心はずっと秘めたままで」
「……ああ」
 昔から、自分の取らなければならない道は良く分かっている。この身は奥州筆頭、奥州の国主、だ。自らの欲の為に、国の安寧を放り出して良い訳が無く。
 この想いは諦めなければならない。そう何度も言い聞かせた。しかし……。
 胸の奥に燻る想い、日増しに強くなっていくそれをどうしても諦めきれずに、何度か伝えようとしてしまった。分かり辛い手段、で。
 夫婦が手を繋いでいただけで破廉恥!と叫ぶような彼に、それが伝わる事はついに最後までなかったけれど。否伝わっては困るのだから、それで良かったと思わなければならないのだけれど。
 そんな政宗の傍に居た小十郎には。国の為には、伊達家臣としては許す事は出来なくとも、主の想いを尊重したいという気持ちもあったのだろう。政宗の行動を敢えて見て見ぬふりをしてくれていたようだった。もっとも右目にはそれが功を為さないというのが最初から分かっていて、だからこそ反対もしなかったのかもしれない。
(髪紐を贈った際に同封した文、あれが最後の賭け、だったか)
 正室を迎える少し前に、蒼の、戦場で自身が身に付けている羽織と同じ色の髪紐を贈った。いつぞやの戦場で刃を合わせた際、彼の髪紐がだいぶ草臥れているのが気になったから、だ。普通敵将に髪紐を贈るなどそれだけで特別に思っていると伝わりそうなものだが。恋情にとことん鈍い彼には伝わらなかった。
 髪紐を贈る事自体には反対しなかった小十郎も、この行動は止める可能性が高いだろうと。忠臣には知られぬように密かに、髪紐と共に文も入れた。恋の歌を記したそれを。誰宛てかは敢えて書かずに。
 幸村がその意味に気付いてくれたら、応えてくれたら。もしかしたらこの身は……。
 けれど最後の賭けも、結局は空回りのまま終わった。
「先日は髪紐を有難うございまする。所でこの文は某宛てでは有りませぬな?恐らく馴染みの遊女などに宛てたものを入れ間違ったのであろうと佐助が。……髪紐もその文の相手に向けてでござったか?」
 一時的に共同戦線を張った際に、幸村が件の文を持って政宗の元へ訪れ、間違っていたと差し出す。
「……いや、紐はアンタのだ。女に贈るならもっと派手なのにするさ」
 贈るような相手など居ない、今この身が何かを贈りたいと思うのは目の前の彼だけ、だ。しかしそれは告げられず。
 文も、アンタのだ、という言葉も、政宗の口から出る事は無かった。
「それもそうでござるな。そういえば、ご正室を迎えられる準備をしておられると風の噂で聞き申した。余計なお世話とは思いまするが、女遊びもほどほどになされた方が」
「……ああ」
 幸村が、政宗の心、文に託した密かな気持ちに勘付いた様子は全くなく。
 正室を迎える前の最後の賭け。それに政宗は負けたのだ。負ける可能性が高いと最初から分かっていて、勝ってはいけない賭けではあったけれど。それでも。
 もう彼に想いを伝える機会はなくなったのだと思うと。
 胸の奥底に、痛みが湧き上がったが。それに気付かない振りをして。
彼に背を向けた。
 もう彼への想いは忘れ。これから自分は奥州の主として、国の為に生きるのだ。





P32〜

「あの、某も」
 羞恥に全身を紅く染めながらも、一方的なのは、と告げる。
「出来んのか?」
 誰かにした事などはありませぬが、一応知識だけは昔に、と答え。まだあまり乱れていなかった政宗の寝間着に手を掛け、彼の雄を取り出す。
「っ」
 自分のものより色が濃く、大きな、大人の男のそれに少し驚きながらも。幸村は胡坐をかいた政宗の足の間に顔を寄せ、彼の快感を引き出すべく、手と舌を絡めた。
「は、く、ん」
 勃ち上がり、更に大きさを増した雄は幸村の口には収まり切れず。側面を手で撫で上げ、ちろちろと先端に舌を這わせる。
「っ、もう良いぜ。このままアンタの顔に掛けるってのもそそられるが、最初はこっち、でイきてえからな」
 唇を離し顔を上げると、政宗の手が、幸村の尻肉を軽く掴んだ。
 前世の知識で、男同士の性交でその場所を使うというのは理解していたが。
「尻こっちに向けな」
 やはりその場所を人に晒すというのは恥ずかしく。言葉に従い、政宗の前に四つん這いになり尻を突き出しながら、羞恥に耐える為に顔をシーツに押し付ける。
「ふ、くううん」
 舌で湿した政宗の指、それが中に侵入して。同時に湧き起こる凄まじい異物感。だが。
 それが政宗から与えられたものだと思うと、彼とひとつに繋がる為だと思うと。
 不思議と辛いとは思わなかった。




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