peach love
「政宗殿、お邪魔してもよろしいか?」
「ああ、ちょっと暫く相手できねえが勝手に上がってて良いぜ」
一人暮らしのマンション、そのインターフォンから聞き慣れた声が響き。部屋の主、伊達政宗は相手に入室を促す。
訪れたのは、前世からの縁を持つ相手、真田幸村だと分かっていて。少し前に偶然の再会を果たし、出会った時から既にお互い前世の記憶を持っていて、更に昔から時代が違えば良い友人になれただろう、というのが共通の想いだったから。政宗と幸村は、今では気兼ねのない友人関係を結んでいる。
もっとも政宗の方は、最近その「友人関係」というものに苦しめられているのだが。
「……アンタ、相変わらず下着付けてねえのか」
「窮屈でござるし」
大学のレポートを終わらせて、リビングに居る幸村の元に向かうと。眠たかったのか、ソファの上で、背もたれの方に体を向け寝転んでいた。政宗からは彼の背中が見える状態で、寝そべっていた幸村が大きく伸びをし、ゆっくりと起き上がる。その際にどうやらサイズが合っていないジーンズがずり下がり、尻の割れ目のラインが少し見えてしまい。
政宗は慌てて目を逸らし、その様子を悟られないようにと、わざと呆れた声を出した。
「……別にアンタの嗜好をどうこう言う気はないが、下着付けてねえんならせめて見えねえようにサイズの合う服着とけ」
出会ったばかりの頃はきちんと身に付けていた気がするのだが、幸村はいつからか下着を付けないようになった。彼が以前持って来た雑誌に下着を付けない健康法なるものが載っていたから、もしかしたらそれを実践しているのかもしれない。
「……分り申した」
少し間があったのが気になったが、幸村はどうやら服装は改善してくれそうな様子だった。
(……今日はちとやばかったな……)
幸村が帰った後、政宗は自室で大きく息を吐いた。
政宗にはちょっと特殊な嗜好がある。
自覚したのは割と最近、幸村と出会う少し前なのだが。今までの数多い女性遍歴を思い返しても、それは間違いないだろう。
政宗が付き合う相手に対して気にする部分。性格や容姿も勿論だが。それと同じくらい政宗がこだわっている部分。それは。
「尻」だった。
しかし今まで付き合ってきた女性の中に、自分の理想の尻は無く。
今まで関係した女達の尻、それらは確かに魅力的ではあり、中には理想の尻に近い持ち主も居たには居たが、完璧な理想ではなかった。
政宗の理想の尻、大きすぎず、柔らか過ぎず張りと弾力のある尻。女の曲線では少し緩すぎる、しかし男の四角い尻など興味はない。
自分の求める尻を持っている人物など、この世には存在しないのではないか、と考えていた所に現れたのが。
前世と同じく二つ年下の幸村、で。
政宗は再会して間もなく、彼の裸体を偶然出会った銭湯で目の当たりにしたのだった。
「政宗殿!」
管理人から夕方から夜にかけて点検の為に水が使えなくなると聞いていた政宗は、風呂は銭湯で済ませるか、と住んでいるマンションからそう離れて居ない、小さな寂れた昔ながらの銭湯に訪れた。脱衣所で着替えていると。今生ではまだそう馴染んでいる訳ではないが、前世からを考えると良く聞き慣れた声が響き、顔を上げる。
「真田」
声の主はやはりというか幸村で。彼は政宗の方に近寄って来た。
「政宗殿がこのような場に来られるなど珍しいですな」
「ああ、家の風呂っつーか水が使えねえかららな」
「なるほど」
某は良くここに来まする、広い風呂はやはり楽しいでござるし、と告げた幸村は。政宗の近くのロッカーが開いていないか探していたようだが、寂れてはいるものの値段も安めの銭湯は意外と人が入っている様子で、二段三列しかないロッカーは生憎すべて埋まっており。彼は仕方ない、と言った様子で向かい側のロッカーに歩いて行った。
服を脱ぎ終えて腰にタオルを巻いた政宗は、一緒に来た訳ではないから声を掛ける必要はないのかもしれないが、友人なのだから一応は先に行く旨を幸村に伝えようとして、振り返り。
「っ」
硬直した。
幸村は下から服を脱ぐタイプらしく、下段しかロッカーが開いていなかったのか、剥き出しの尻を突き出すようにして身を屈め脱いだものを仕舞っているようだ。
彼の尻。
男の割に丸みを帯びた曲線を描くそれ。かつてはもっと筋肉もついていたのだろうが、戦のない今世では必要が無いから以前ほど鍛えていないのだろう。故に、引き締まってはいるものの、筋肉で固まって居らず、触るときっと程よい弾力を感じさせてくれるのであろう尻が目の前に晒されている。
漫画的擬音を付けるなら、ぷりんっ、またはぷるんっというのがふさわしいその尻は。
まさしく政宗の求める理想の尻、だった。
(っ、何やってる!)
思わず、その尻に手を伸ばそうとした自分を慌てて戒める。
そして。
「先入っとくぞ」
出来るだけ冷静に、動揺を悟られないように、と自身に言い聞かせながら声を掛けてから。政宗は逃げるように銭湯の湯船へと向かい。普段は割と長風呂をする方なのだが、あの幸村の裸体を長時間目にすれば自分がどういう行動を起こすか分かりかねないと考え。急いで髪と体を洗い。
「もう上がられるので?」
「ああ、用事を思い出した」
などと幸村へ誤魔化して、早々に銭湯を後にしたのだった。
理想の尻の持ち主ではなくても、幸村の事は実はそういう意味で気になっていた。そこに彼が理想の尻の持ち主だと気付いてしまえば。抑え込んできた気持ちがじわ、と湧き上がる。
元より、前世で強く執着していた相手、だった。
政宗と幸村の、戦で刃を重ねる行為が、まるで体を重ねる行為のようだ、と言ったのは誰だったか。
最もそれに不快感はなく。それ所か納得した位で。それでも当時手を出さなかったのは、それが許される関係ではない、と自分自身が良く理解していたから、だ。
そんな相手への気持ちが、戦のない今。
普通に恋情となっても可笑しくはない。
しかし、今彼とは良い友人関係を築いていて。幸村は今生でも相変わらず下着姿の女を見ただけで破廉恥、と叫ぶほどに純情で。そんな相手にこの自分の肉欲を含んだ気持ちが理解されるとは思えず。
彼とはこれからも友として付き合っていくのが最善だろう。
(…んっとに、人の気持ちも知らねえで)
それなのに、下着を付けなくなった幸村は。政宗の前にちらちらと理想の尻をちらつかせていて。自らの欲を抑えるのに苦労している現在だった。
「!」
「真田?」
勉強を教えて欲しい、という幸村と共に電車で図書館へ向かっていた所。満員の車内で政宗に凭れ掛かるようにして体を支えていた幸村の様子が今までと変わったのを見て首を傾げる。政宗は幼い頃から都会育ちで満員電車にも慣れており、バランスを取る方法も分かっているが、幸村はどうやら満員電車や都会の電車のスピードに慣れていないようで。二人で出掛ける際、電車が混んでいる時は、政宗が彼を支えてやるのが常だった。
「くぅ、ん」
「おい、どうし……!」
自分より少し背の低い幸村が、潤んだ瞳で見上げてきた後、いやいやというように首を振り。
(痴漢、か!)
政宗は幸村の後ろに立っている男が、不審な動きをしているのに気付き。彼の様子がおかしくなった理由を理解した。
女と間違えられるほどではないが、幸村は確かに幼さを残す可愛いと言って良い顔立ちをしている。こういうタイプを好む男が居てもおかしくはないだろう。
ぎろ、と男を一睨みした後、幸村の腰を引き寄せ痴漢から引き離して。
「降りるぞ」
目的地ではなかったが、幸村の体を支えながら下車した。
幸村の方は、どうやらかなり痴漢に触られていたらしく、未だ荒い息を吐いている。
(抜かせた方が良さそうだな)
多分中途半端に昂ぶらされていて、それがきついのだろう、と判断して。
政宗は幸村を半ば抱えるようにして、駅のトイレへと向かった。
「見ねえから、早く抜いちまえ」
幸い広めの個室があり、周囲に人が居ないのを確認して、二人でそこに入り。幸村を洋式のトイレの横に下ろし。自分はドアの方を向いた。
「アンタ、下着つけてねえから相手も調子に乗ったんだろ」
少し責めるような口調になってしまったのは、あの痴漢が自分の理想の尻に触れたであろう事実に嫉妬を覚えてしまったから。単なる独り言に近い言葉で、返事を求めてのものではなかったが。
「……あのような輩に触れさせる為ではっ」
小さく帰って来た幸村の言葉はそれ、だった。
「?アンタのそれは健康法とか単なる生活習慣、とかじゃねえのか?その言い方じゃまるで誰か誘惑したい相手でも居るみてえだが」
「……ここまで通じていないと、いっそ清々しくすらありまするな……。貴殿が今の某に興味を持っていないのを、改めて思い知らされ申した」
「アンタ、何言って?」
背を向けているから、幸村の表情は見えないが。彼の声は泣きそうに震えている気がする。しかし振り返れば、彼の欲に浮かされた顔をもろに見てしまう可能性があり。そうなった時に抑え切れるか分からないから、背を向けたままの政宗の背に。
「このような時ですら、こちらを向いてくださらぬ、か」
と哀しげな声が落ちた。
(何が言いたい?)
「……今の貴殿に、前世のように某に対する執着を見せて欲しかった……。今の政宗殿は、某から目を逸らす事が多いと、そう感じておりました。前世のようにその瞳の中心に、某の姿を映して欲しかった……。某は貴殿をずっと見つめて来た故、貴殿が付き合う女性を選ぶ際に、その、尻、を良く見ていたのに気付いて。もしかしたら興味をひけるのではないか、と下着を付けるのを」
「アンタ、誘惑したかったのは、オレ、か?」
思わず振り返ると、瞳に涙を溜めた幸村と視線が合う。
彼はこくり、と頷いた後。立ち上がり。
「良く考えたら、いつも周囲に美しいおなごが溢れている政宗殿が、某の。男の尻になど興味を持たれるなど有り得ませんな。……忘れてくだされ。体の方も、もう大丈夫でござる。今日はご迷惑をお掛けして申し訳ござらん」
政宗の横を通り抜け、個室から出ようとする。
だが。
「……オレはずっと我慢してた」
「え?」
そんな幸村の体を抱き寄せる事で引き留めて。その耳に低く、熱を込めて囁いた。
「オレは前世からアンタをそういう目で見てて。だがあの時代で手を出すのは立場的に許されなかった。今のこの時代でも、アンタはオレと、友としての付き合いしか望んでいねえと思ってたから、我慢してた。いや、今でもそういう意味でって訳じゃねえのかもな。アンタはオレの執着、あの戦場でアンタを誰より求めてたオレのその気持ちを取り戻したいだけ、なんだから」
でもオレの興味を引くために、尻を見せてたなんて言われたら。
もう止まれねえよ。
「ぁ、ん」
抱き締めていた手の片方で、幸村の背を辿り、ジーンズを引き下ろす。尻の丸みを揉みしだいても、抵抗はなく。
「銭湯でアンタの尻を見た時な、オレの理想過ぎて手を出さないようにするのに必死、だった」
「!」
「折角、友人になれたんだ。手を出しちまったら、その関係が終わりそうだと思ってな」
今まで秘めて来た欲を隠す事無く、幸村を見つめる。
「……その視線が、欲しゅうござった……!それをこれからも向けてくださるのなら、某の体など好きにっ」
ああ、確かにかつて幸村を好敵手として求めていた時も、似たような視線を向けていたな、と思い出す。
「っ、後悔するなよ」
欲しかった相手、しかも理想の体を持つ人物にそのように言われてしまえば。
ぎりぎりで保っていた理性も、もう焼き切れて。
「んんっ」
政宗は幸村に噛み付くような口付けを贈った。
「はぁ」
舌を絡める深いキスの余韻でとろんとしている幸村の頬を軽く撫でた後。壁に手を付かせ、尻を突き出す体勢を取らせて、中途半端に下がっていたジーンズを完全に脱がせた。
「ぁあ!」
弾力を確かめるように軽く双丘を左右一度ずつ打った後。
「あ、そのようなっ」
形も手触りも理想的な尻、その尻たぶを。政宗は舌で愛撫する。
「は、ぁ、ん」
幸村の体は敏感に出来ているようで。尻を舐め回しつつ、手でも軽くつねったりして刺激すると。政宗の動きに合わせて、幸村の唇からは喘ぎが零れ、腰はまるで誘うかのように揺れた。
尻肉を左右に割り開き、奥まったその場所に舌を捻じ込もうとすると、さすがに幸村が抵抗を見せたが。腰をがっしりと掴み、更に前を弄って刺激する事で動けなくして阻止する。
「ん、く、ううんっ」
異物感と、快感、両方を感じているらしい幸村の声は、苦しそうながらも艶を帯びていた。
唾液をたっぷりと送り込みながら、指を差し込み。感じる場所を探す。
「ひゃあああん」
意外とすぐに見つけたそれを重点的に指で責めつつ、尻を愛撫して。狭い中を解して行った。
「あ、あ」
ずる、と指を引き抜くと同時に、崩れ落ちそうになった幸村の体を支え。蓋を閉じた洋式便器の上に座らせる。政宗的には尻が良く見える後ろからの行為が好みだったが。幸村は自分が彼を求めているその視線が見たいと言っていた。ならば正面から繋がる方が、自分のこの欲に満ちた顔を彼に見える体勢の方が良いだろう。
「ゆきむら」
「まさむねどのっ」
幸村の声や理想の尻を見つめていたせいで、窮屈なほどに昂ぶっているそれを、前を寛げて取り出し。
「ちいと苦しいだろうが、我慢しな」
幸村の足を肩に抱え上げて。
「っーーー!!」
ずんっと一気に奥まで貫いた。
同時に既にぎりぎりまで昂ぶっていた幸村自身から、精が吹き出し。彼の顔を汚す。
それに更に煽られ。
政宗は揺さぶるスピードを早めて行った。
「大丈夫、か?」
「腰は痛みまするが……政宗殿の方こそ重くありませぬか?」
「軽いと言えば嘘になるが、負担になるほど重くはねえよ、安心しな」
あの後立てなくなってしまった幸村を、政宗は負ぶって歩いている。とてもじゃないがこれから勉強する気分には二人ともなれず、今日はそのまま帰宅する事となった。
「……後悔は、してねえな?」
一度では収まらず、あの後バックからもう一度繋がったのだが、その際彼を己の雄で突き上げながら、尻を執拗に叩いたり揉んだりと、かなりマニアックなプレイをしてしまった自覚がある。引かれてはいないだろうか、と柄にもなく心配してしまった政宗だが。
「その、少し驚きましたが。政宗殿が某を求めてくださるのは嬉しゅうござる」
と甘さを滲ませる幸村の言葉が返って来て。
小さく安堵の息を吐いた。
前世からずっと密かに欲していて、かつ自分の理想の体を持つ彼を手に入れた、その幸福感と共に。