「はつこい」書き下ろし分サンプル
「?」
それに気付いたのは、いつものように店仕舞いの最中だった。
政宗が厨房の片付けをしている間に、パティスリーの外回りを掃除して店のドアの鍵を中から閉めるのは幸村の仕事だ。
店先に散らばった桜の花びらを箒でひとまとめにして袋に詰めた後一息吐いて顔を上げた際。
一人の男の姿が視界の端に掠めた。
背を向けたその男の後ろ姿が幸村の目にやけに止まったのは。
(どことなく政宗殿に似ているような?)
店の中に居るはずの自分の恋人に似ている気がしたからだ。
男が立っている辺りには特に店などは何もなかった気がするのだが、動く気配はない。
「ゆき、まだやってんのか」
「政宗殿、今終わったところでござる」
中から政宗の声が聞こえ、ゴミをまとめて店の中に入り鍵を閉める。
「何かあったのか?」
「いえ特には」
立っていた男は少し気になりはしたが、特に何かあった訳ではなく、政宗に報告するほどでもないだろう。
「ミルフィーユが一個余った。食うか?」
「いただきまする!」
派手な宣伝はしていないが、飲食スペースもある人気のパティスリーだ。それに政宗の鋭い見通しもあって商品が余ることは少ない。
今日も見た感じ余った様子はなかったと思うのだが、多分政宗が幸村用に取っておいてくれたのだろう。店にミルフィーユを出すようになってから、政宗はたまにそういうことをするようになった。
政宗が作ったミルフィーユは幸村の大好物だ。学生時代、綺麗に食べれずに、政宗に切り方を教えて貰った思い出の品で。パティスリーの経営に政宗が慣れた頃、政宗が幸村の為に、と作ってくれた特別なケーキでもある。
その上品な甘さに夢中になり。
幸村の意識から先ほどの男のことは遠ざかっていった。「ね、ちょっと話せる?」
声を掛けられたのは、あれから数日経った、店が休みの日。政宗は先程小十郎に会うと言って出掛けていて、幸村がスーパーに買い物にでも行くかと、外に出た頃合いだった。今日は店休日だから政宗が夕飯を作ると言っていたが、野菜や飲み物などは買い足しておいても良いだろうと考えて。
「!」
振り返って、傍に立っていた男が背格好からここ数日店の前に姿を見せていた人物と同一人物だと悟る。いつも遠目にしか視界に入って来なかったから、顔をはっきり見たのは初めてだが。
男は明らかに政宗と血の繋がりを感じさせる顔立ちをしていた。
幸村は少し悩んでから、政宗に「少し出て来まする。余り遅くはならないと思いまするが」と携帯でメールを入れて、男に向かい頷いた。政宗とよく似た彼を邪険にするのは何と無く気が引けたのだ。
「おれは伊達成実」
店から少し離れた喫茶店に入り。奥の席に座った後、男はそう名乗った。「只今戻りました」
「ああ、おかえり」
幸村が帰宅すると、政宗は既に戻っていて。自宅側の小さなキッチンに居た。夕飯の時間にはまだ早く、首を傾げて手元を覗き込むと、彼はボールに生クリームを泡立てている。
「そろそろ新商品作ろうと思ってな。試食頼むぜ?」
「おお、それは楽しみでござる!」
暫く政宗の器用な手元に見入っていた幸村だが、政宗が冷蔵庫に向かう為に背を向けた瞬間。
『政宗にケーキ屋なんて似合わないと思わない?』
成実の声が頭に蘇った。
政宗に良く似た、政宗の従兄弟。声も、政宗よりは少し高いが声質自体は良く似ている。
その声が、今の政宗を否定する。もっと相応しい場所があるのだと。
幸村にもそれは分かっているし、政宗もずっとこのパティスリーを経営して行く気はないだろう。元より一時的に伊達家から離れている間の収入源としか思っていないはず。
政宗は、伊達家が自分を必要とするのを待っていて。その際には幸村と共に過ごすことを交換条件として持ち出すと心を決めている。
けれど、政宗の従兄弟はまだ切羽詰まった様子ではなくて、会社の為というより、個人的に政宗を連れ戻したい風だった。
伊達家、というよりは彼の婚約者の元に。
『政宗が継ぐ予定のでっかい会社もあるし、綺麗な婚約者も居るんだ。そんなのを全部捨てて、あんな小さいケーキ屋やってるなんて勿体無いだろ、やっぱ』
それに、政宗甘いもの好きじゃないし、嫌々やってるんじゃない?
幸村にケーキを薦める際の、政宗の柔らかい笑みが脳裏に浮かび、成実に対してそんなことはないと返したかったけれど。
(ほんとうにそうであろうか……)
政宗に良く似た顔で言い切られてしまい、自信がなくなってしまった幸村は、結局言葉を噤み俯いた。
他の人に言われたならば、多分言い返せた。けれど成実は政宗に良く似ていて。
まるで政宗本人から言われたような気分になって、彼との会話の後、幸村の心は沈んでいた。
「何かあったか?」
いつもより口数が少ない気がする、といつの間にか作業を終えたらしい政宗に尋ねられ。何でもありませぬ、久々に高校の友人と会ったので少し疲れただけでござる、と首を横に振る。成実からも口止めされていたし、幸村も政宗に伝えたくはなかった。政宗の従兄弟から、自分達の今の生活を否定されたことなど。
『おれの名前は出さずに説得して欲しいんだ。政宗を』
何で一緒に住んでるのか知らないけど、一緒に住むくらい仲の良い友達なら政宗も聞く耳持つかと思って。
どうやら政宗の従兄弟は政宗と幸村の関係を、何も知らないらしい。おおっぴらにひけらかしても良いことはないだろうと幸村自身も思っているから、成実に自分達の関係は告げずに。パティスリーについては言い返せなかったけれど、説得という言葉にははっきりと出来かねまする、と伝えた。本当の理由は告げられないから、自分に政宗を説得できるとは思えないと、あながちそちらも嘘ではない理由も付け加えて。
以前の幸村だったら、その言葉に悩んだだろうが、今は政宗の気持ちを、二年離れていても、自分を求め続けていてくれた彼の心を知っている。だから、それを裏切るような行動はしないと決めていた。
「疲れた時は甘いもの、だろ」
仕上げて持って行くから向こうで待ってな、と政宗にくしゃと頭を撫でられ、頷く。
部屋の狭さに合わせた小さなテーブルの前に腰を下ろして。高校の寮よりも狭いこの場所は確かに政宗には似合わないな、と考えかけて、頭を振る。
「飲み物、何にする?」
キッチンからの政宗の問い掛けに、紅茶をストレートで返すと。程なくしてティーカップを二つと白い小振りな四角いケーキを一つ載せたトレイを片手で抱えた政宗が歩いて来た。
幸村の前にケーキと紅茶を二つとも置いた後。政宗が幸村を自分の膝上に抱え上げる。
初めてされた際は驚いたけれど、今となっては割とよくある日常となっていたから、幸村も抵抗なく彼の膝に収まった。
狭い部屋もアンタとくっつける理由が出来て良い、と政宗は言ってくれていた。それが嘘だとは思わない。
「美味しゅうござる」
政宗が作ったのはバナナのスライスを挟んだ生クリームのケーキで。ひとくち口にすると優しい甘さが広がって、幸村はとても気に入った。
バナナは結構苦手な奴も多いから、他の果物も使って作ろうと考えてるが、アンタは他に何が良い?との政宗の質問に、数種の果物を提案する。二人で新作ケーキについて話しながら紅茶を飲む時間は楽しいもので。いつのまにか窓から見える外は日が暮れていた。夜、普段は政宗より早く寝入ってしまうのが常なのに、今日は隣というよりは幸村を背中から抱き締めるようにして密着している政宗が微かな寝息を立て始めても、幸村に睡魔は一向にやって来ない。忘れるように努めていたものの、昼間のことが相当に堪えているのだな、と幸村は自覚した。
それでも首を横に振れたのは、同居を始めたばかりの際に政宗に投げかけた疑問に対しての政宗の言葉を思い出したから、だ。
元から女関係が激しかった政宗が、二年離れている間に何もないとは思えなくて尋ねてしまったのだが。返って来た答えは意外なもので。しかもその後幸村は浮気を疑った罰だと、政宗から甘いお仕置きを受けてしまった。『浮気を疑ってんのか。アンタに触れて以来他の温度を欲しいなんて思えなくなっちまったからな。二年の間女と同衾したことなんて一度もねえよ。アンタを想って抜いたことは何度もあるけどな』
オレの気持ちを疑った罰だと囁きながら、政宗は部屋を占拠するベッドへと幸村を押し倒した。
『あっ』
政宗の唇が、裸にされた幸村の胸元を這う。普段は暫く胸の突起の周りを舐めた後、先端を吸い上げるのが常だが。
『……っ』
今日は乳輪の輪郭をなぞるように何度も舐めるのみで、ぷっくりと膨れ上がった尖りには中々触れて来ない。胸の中で一番敏感な部分を放置されながらの愛撫は、快楽はあるものの、苦しかった。
舌の感触が離れ、乳首への刺激を期待した幸村だが。政宗の唇は下肢へと下りて行く。
『はぁ、ん』
そして今度は普段は太股の付け根に舌の感触が訪れた。中心のすぐ傍を舌が何度も這って、体がびくびくと震える。
けれどすぐ近くにあるそれには、中々触れてくれない。